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Nouvelle Porte

KCN 1498ー2  2017.12.   (12月7日付けの第一報ニュースは、このページ下部に掲載されています)

ジョニー・アリディJohnny Hallyday、死去 (その2 哀悼の辞など)            

・オマージュアルバム「On a tous quelque chose de Johnny/みんなジョニーからの何かを持っている」

Johnny Hallydayの死去の前、11月17日、Hallydayへのオマージュアルバム「On a tous quelque chose de Johny」(このタイトルは1985年のヒット「Quelque chose de Tennessee/テネシー・ウイリアムズからの何か」から)がリリースされ、その週チャートの1位に。闘病中のHallydayはこのような企画が実現したこと及びチャート1位になったことは、参加した歌手や多くのファンの自分の対する愛情及び応援の証として喜んでいた。アルバムに収録されている曲及び歌っている歌手は:「L’envie」(Kendji Girac)、「Marie」(Slimane)、「Ma gueule」(Garou)、「Retiens la nuit」(Benjamin Biolay)、「La musique que j’aime」(Louana)、「Gabrielle」(Thomas Dutronc)、「Noir c’est noir」(Lisandro Cuxi)、「J’ai oublié de vivre」(Patrick Bruel)、「Le pénitencier」(Gauvain Sers)、「Requiem pour un fou」(Florent Pagny)、「Les coups」(FFF)、「Que je t’aime」(Amel Bent)、「Je te promets」(Gaëtan Roussel )、「Quelque chose de Tennesse」(Nolwenn Leroy)、「Tes tendres années」(Raphaël)、「Elle m’oublie」(Carogero)の15曲。

 録音風景https://www.youtube.com/watch?v=0tpH4p5vlLc

 

・アンケート「あなたが好きなJohnny Hallydayの曲は?」

TVBFMTVが11月20、21日に行った「あなたが好きなJohnny Hallydayの曲は?」のアンケート結果が発表された。このアンケートは1001人を対象に、リストアップされた20曲から1曲を選ぶという方法で行われた。その結果は:

1.「Je te promets/君に約束する」(1989年Jean-Jacques Goldman 作詞/作曲)27%が選んだ

2.「Marie/マリ」(2002年Gerald De Palmas 作詞/作曲)23%

3.「Le Pénitencier/監獄:朝日の当たる家」(1964年 「Hous of the rising sun」のHuges Aufrayによる翻案)と「Que je t’aime/届かぬ愛」(1969年 Gilles Thibaut作詞/Jean Renard作曲)22%

5.「Allumer le feu/火を付ける」(1998年Zazie作詞/Pascal Obispo作曲)と「Laura/ローラ」(1986年Jean-Jacques Goldman 作詞/作曲)19%

7.「Retiens la nuit/夜を返して」(1961年Charles Aznavour作詞/Georges Garvarentz作曲)と「Quelque chose de  Tennessee」(1985年Michel Berger作詞/作曲)18%

9.「Requiem pour un fou/常軌を逸した男へのレクイエム」(1976年GillesThibaut作詞/ Gefard Layani作曲)17%

10.「L’envie/欲望」(1986年Jean-Jacques Goldman 作詞/作曲)14%

  「Je te promets201626BruxellesPalais 12で https://www.youtube.com/watch?v=VDCkDyaZhMI

 

Hallyda最後の曲は「C’est un rocker/それは一人のロック歌手」

現在まで「commercialisé/売り出されている」Johnny Hallydayの最後の曲は11月10日リリースのEddy Mitchellのアルバム「La même tribu/同じ部族」に収録されている「C’est un rocker」でMitchellとのデュオ。

  https://www.youtube.com/watch?v=pemV9CtKCMc

 

Laeticia夫人のAFP宛てコミュニケの概略

12月6日03時に公表されたHallyday の死去を告知したLaeticia夫人のAFP宛てコミュニケの概略は次の通り:

Johnny Hallyday est parti/ジョニー・アリディは旅立ってしまいました。Jean-Philippe Smetは2017年12月5日の夜死去しました。これを書いていても信じられません。しかし事実です。私の夫はもうこの世にはいません。彼は今夜我々も許を去りました、彼の生涯を通じて持ち続けていた勇気と尊厳を以て。最後の瞬間まで彼は、彼を数ヶ月前から苦しめてきた病と勇敢に戦い、私たちに貴重な教訓を残してくれました。ステージにも、ファンにも、彼を賞賛していた人たちにも、彼を愛していた人たちにも妥協することなく生きてきたロック歌手、私の夫はもうこの世にはいません。二人の幼い娘JadeJoyの父親は旅立ちました。LauraDavidの父親は目を閉じました。彼の青い目はこれからもずっと私たちの家で、私たちの心の中で輝き続けることでしょう。 今日、22年間にわたって私の夫であったこの素晴らしい男性に、尊敬と愛情とを以て、別れを告げます。Johnny は非凡な男性でした。これからもずっとそうあり続けるでしょう。決して忘れないで下さい。これからもずっと我々の許にいてくれるでしょう・・「Mon amour, je t’aime tant

 

・各界からの哀悼の辞など

・・Macron大統領Laeticia夫人はAFP宛てにコミュニケを発表する前に近親者、近しい友人たちにHallydayの死去を伝えた。その中には大統領も入っており、Brigitte Macron大統領夫人は6日02時にはLaeticiaHallydayから電話を受けていたよう。Macron大統領の哀悼の辞:我々は皆Johnnyからの何かを持っている。Johnny Hallydayの名、顔、声、それに彼の歌は決して忘れられないことでしょう。彼のシャンソンはシャンソンフランセーズの歴史に1ページを記すことだろう。彼のシャンソンは幾世代にも渡るフランス人の生活の中に刻み込まれている。彼はコンサートを通して、大ホールでの大きな規模のものから、小さいホールの内輪のものまで、フランス人を虜にした。彼は老いることを知らなかった。それは彼が純粋で人生を愛していたから。そして知っていたから、老いないための秘密はいくつもの人生を持つことだと。彼は人々に兄弟が与えるようなエネルギーを与えてきた。だから今人々が言う番、彼に「Que je t’aime」と。今日人々は涙に暮れている。国中が喪に服している。共和国大統領と同夫人は、Laeticia Hallydayと彼の娘たちJoyJadeそれにLauraに、彼の息子Davidに、彼のミュージシャンたちに、彼のチームに彼の友人たちに、彼のファンに、心からの哀悼の意を表します・・

 

・・文化大臣Françoise Nyssen傑出したアーティストロックとシャンソンのレジェンド、フランス文化の一つの顔が我々の許を去った。Johnny Hallydayは歌うことも、踊ることも、この国全体を泣かせることも出来た。あらゆる世代に話しかけることが出来た。彼は我々に決して消えることのない炎を残してくれた。

 

・・Eddy Mitchell(1942-ACI):私は友人以上のものを失った。兄弟を失った。

 

・・Jacques Dutronc(1943-ACI):何という気力、彼は正に雌牛。並はずれた気力の持ち主だった。皆彼が病気であることを忘れていた。しかし私は彼がどれほど苦しんでいたか知っている。舞台裏の彼は見るのが辛いほどだった。自分がそんな風に見えることは彼にとっても辛いことだっただろう。観客が彼を以前と同じように、あるいは以前よりも熱狂的に迎えてくれたことには感謝していた。それは我々のJohnnyをどれほど元気づけたことか。それは彼にとって最高の療法だった。私は彼がまだJohnny Hallydayになる前から知っている。私はいつも彼に言っていた。「君は私のマブダチだったし、今でもマブダチ、これからもずっと」。我々は死ぬほど大笑いしたことがあった、恐れを抱いたこともあった、何かを熱望したこともあった。我々は大いに楽しんだ。私は今Johnnyを失ったこの辛い気持ちをEddyMitchell)と分かち合っている。Johnnyは2018年次のツアーを計画していた。そして私に言っていた「Jacquot一緒にやろう」、私の答えは勿論「oui」だったのに・・

 

・・Sylvie Vartan(1944-歌手):フランス全体がそうであるように、私の心はうちひしがれている。私の青春時代の愛は旅立ってしまった。それは何ものにも変えられないもの。

 

・・Pascal Obispo(1965-ACI):「infinie tristesse/限りない悲しみ」、我々は友人を、兄弟を、父を、偉大なアーティストを失った。

 

・・Sheila(1945-歌手):こんなことは信じたくない、想像も出来なかったことが起こった。でも彼は今Claude FrasncoisDalidaや亡くなった多くの仲間たちと会っているだろう。 皆さんと同じように今朝私は友だちを失った、とても悲しい・・

 

・・Line Renaud(1928-歌手・俳優):フランスにはJonny以前には彼ほど人気のある人物はいなかった。Eiffel塔のコンサートで50万人以上を集めるようなスターは。彼は戦士、尋常ならざるカリスマ性を持った。彼は決してファンを裏切らない。今フランス全体が泣いている。もちろん私も・・

 

・・Michel Polnareff(1944-ACI):今私は2つの感情を持っている。Johnnyの死は私には衝撃的で悲しい。しかし、友人が、それも昔からの友人が苦しんでいるという報道は辛いもの、聞きたくないもの。その友人がもう苦しまなくてすむと知ることは解放された気持ちでもある・・。

 

・・Céline Dion(1968-歌手):Johnny Hallyday死去の報に接してtres triste/とても悲しい。彼はshow-business界の巨人だった。真のレジェンドだった。彼の家族、近しい人たち、何百万という彼のファンのことを思う。彼がいなくなって本当に寂しい。でも決して忘れることはないでしょう・・

 

Zazie(1964-ACI):Jean-Philippe Smetは亡くなった。でもJonnyは死んではいない。彼のシャンソンは不滅。だから・・歌いましょう彼のシャンソンを・・

 

Patrick Bruel(1959-ACI):Tellement triste/とても悲しい・・

 

・・Olympia劇場:あなたは私(Olympia劇場)のステージ立った偉大なアーティストの一人。あなたが亡くなったことはとても悲しいこと。しかし私はあなたが何度も私のステージに立ってくれ、大勢の観客を沸かせてくれたことを幸せに思っている。いつまでもあなたからの何かを持ち続けるでしょう。Merci !

 

・・La tour Eiffelエッフェル塔とBercyAccorH Arena:12月8日から10日の夜までLa tour Eiffelの第1展望台及びAccorH Arenaの正面入り口に「Merci Johnny」の電光文字が。

 La tour Eiffelの「Merci Johhny」 https://www.youtube.com/watch?v=bMx4eVwBoYU





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KCN 1498  2017.12.

ジョニー・アリディJohnny Hallyday、死去                            



ジョニー・アリディ Johnny Hallyday のLaeticia夫人は2017年12月6日早朝3時「Johnny Hallyday est parti/ジョニー・ア・デイは旅立ってしまった」とJohnny Hallydayの死去を発表した。享年74歳であった
Hauts-de-SeineMarnes-La-CoquetteRue Maurice-Chevalierの邸宅La Savannahで死去したとの報がある)。


(葬儀等の続報につきましては、追ってお知らせいたします。)

Johnny Hallyday、本名Jean-Philippe Smet1943年5月15日Paris 9区生まれ、歌手、作曲家、俳優。母はフランス人、父はベルギー人。生後8ヶ月に父親失踪。父方の叔母に育てられダンスとギターを習う。従姉妹がアメリカ人ダンサーLee Hallidayと結婚、Les Hallidayの名で、各地で興行。Jean-Philippe9歳からLes Hallidayのダンスの合間などに歌う。14歳でElvis Presleyの映画を見てロック歌手を目指し、「Golf-Drouot」に通い歌うように。

・1959年12月30日ラジオ番組に初出演、作詞家コンビJil et Janに認められ、翌年Vogue社とJohnny Hallidayの名で契約

・1960年3月14日最初のレコードリリース、「Laisse les filles/女の子を放っておけ」などを収録、レコードのジャッケットにHallydayと印刷されこれをそのまま芸名に。ラジオ局Europe 1から最初に流された時ディレクターのLucien Morisseは「彼の曲を聞くのはこれが最初で最後でしょう」と紹介するなどレコードは一般には不評。しかしDaniel Flipacciが司会の同ラジオ局の若者向け歌謡番組「Salut les copains/やあ仲間たち」では頻繁に放送された。

・1960年「Souvenirs souvenirs/思い出よ、思い出よ」などを発表

・1960年4月18日TVL’Ecole des vedettes」に出演、「Laisse les filles」を歌った。番組ではLine Renaudにアメリカ出身と紹介され、否定しなかったが、後日Aznaxourの助言により訂正

  https://www.youtube.com/watch?v=aYJ6ZY_Tl4U

・1961年2月1日最初のLPNous les gars, nous les filles/僕たち男の子、私たち女の子』をリリース

・1961年9月Olympiaに初出演。同年「Retiens la nuit/夜を返して」、「Douce violence/甘い暴力」を発表

・1962年「L’idole des jeunes/若者のアイドル」発表

・1963年10月公開のNoëlHoward監督映画「D’où viens-tu, Johnny/ジョニー、あなたはどこから」に主人公Johhny Riviere役で出演、Gigi役のSylvie Vartanと共演、劇中「A plein coeur/心から」をデュオで歌う

その後20本以上の映画に出演、「L’homme du train/列車に乗った男」(2002年)でJean Gabin賞受賞

・1964年5月から65年8月まで兵役

・1964年「Le Pénitencier/朝日の当たる家」発表

・1965年4月12日Loconville(パリの北Oise県)でSylvie Vartan(1944-歌手、女優)と結婚、66年男児DavidACI)誕生、  (1980年11月離婚

                    「johnny hallyday et sylvie vartan mariage」の画像検索結果

  

・1966年9月自殺未遂(大量のbarbituriqueを摂取)

・1969年「Que je t’aime/届かぬ愛」、「Les hommes qui n’ont plus rien à perdre/悲しみの兵士」発表

   「Que je t’aime1969年 https://www.youtube.com/watch?v=oOrdANUWtHI

197021―1014ParisPalais des Sports公演、Michel Polnareff(1944-ACIがピアノ伴奏

1973年「La musique que j’aime僕が好きな音楽」、「J’ai un problème僕には問題が」Vartanとのデュオ発表

1976月「Requiem pour un fou常軌を逸した男へのレクイエム」、「Gabrielleガブリエル」発表

  「Requiem pour un fou1998Lara Fabianhttps://www.youtube.com/watch?v=4v3LE9l1pwc

・1978年6月第7回東京音楽祭 審査員で来日

・1979年「Ma gueule/俺の面」発表

・1985年「Quelque chose de Tennessee/テネシー(・ウイリアムズ)からの何か」発表

・1986年「L’envie/欲望」、「Je te promets/君に誓う」、「Laura/ローラ」発表

・1987年VdM男性歌手賞

・1989年Les Enfoirésに初参加((97年、98年にも)。「Pour toi Arménie/アルメニア、お前のために」に参加

・1990年Paris Bercy公演でVdMコンサート賞受賞

その後、93年のParc des Princes公演、96年のParis Bercy公演、2000年Champs de Mars公演でも同賞を受賞

・1997年「Légion d’honneur」の Chevalier勲章受章

・1998年9月5、6、11日Stade de Franceでコンサート。「Allumer le feu/火を付ける」創唱

  「Allumer le feu」 https://www.youtube.com/watch?v=Msi7jS_V5u8

1999年アルバム『Sang pour sangサン プール サン』Sang pour sang」など13曲。2000年VdMアルバム賞受賞

・2002年アルバム『A la vie, à la mort/生に、死に』(2枚組CD):「Marie/マリー」、「L’instinct/本能」など23曲

・2009年VdM 特別賞

・2009年「Tour 66/66歳ツアー」、5月7日~11月24日(2010年VdMツアー賞)

  ツアー(当初2010年2月10日までの予定)は健康問題で中止:2009年11月26日受けた椎間板ヘルニアの手術後感染症により、Los Angelesで12月7日緊急入院、10日手術、その後昏睡状態、10年1月23日退院。5月23日帰国

・2011年9月6日から11月19日までThéâtre Edouard Ⅶで劇場劇「Le paradis sur terre/地上のパラダイス」に出演

・2012年4月~12月「Tour 2012:Ça ne finira jamais/決して終わらない」。6月15、16、17日Stade de France出演

・2012年アルバム『L’attente待つこと』:「20 ans/20歳」(2014年VdMでシャンソン賞)、「L’attente」、「L’amour peut prendre froid/愛が冷えてしまうこともある」(Celine Dionとのデュオ)など11曲

 「L’amour peut prendre froidDion20121124https://www.youtube.com/watch?v=5DcK0cIR3Cw

2014SACEMPrix Spécial受賞

201411日~10Paris Bercyで「Les vieilles canailles年老いた悪戯っ子」コンサートJacques DutroncEddy Mitchell

 https://www.youtube.com/watch?v=t1vRUC_7QlU

・2014年アルバム『Rester vivant/生き続ける』:「Rester vivant」、「Te manquer/君がいなくて寂しい」など

・2015年7月―2916年7月10まで「Rester vivant」ツアー、50回の公演

・2015年11月13日最後50枚目のスタジオ録音アルバム『De l’amour/愛について』:「De l’amour」、「Un dimanche de janvier/1月のある日曜日」など12曲、2016年VdMアルバム賞

 、「Un dimanche de janvier2016月 https://www.youtube.com/watch?v=mdn9uD-6PbY

201610月最後29枚目のliveアルバム『Rester vivant tour』、201626日のBruxellesPalais12での公演の模様、CD枚、28曲収録

・2017年3月ガンに罹患していることを公表。6月10日(Lille)~7月5日(Carcassonne)まで、エディー・ミチェルEddy Mitchel ジャック・デュトロンJacques Dutroncと共にLes Vieilles Canaillesコンサート、

  7月25日Paris Bercy公演にはMacron大統領夫妻、Line Renaudらが来場

 「Les Vieilles Canailles2017Carcassonne公演で  https://www.youtube.com/watch?v=adhmZis1lq4

・2017年12月6日死去公表。

 

Johnny Hallydayフランスの最初のロック歌手、60年近いキャリア、1000曲以上録音、100曲以上作曲(105曲を自身のために、13曲を11人の歌手のために)、1億1000万枚以上のレコード売上げ。スタジオ録音アルバム50枚(1961年2月1日LPNous les garcons, nous les filles』から、2015年11月3日『De l’amour』まで)、ライヴ29枚のアルバム、VdM10個(Alain Bashungの12個に次ぐ)。182回のツアー2800万人を集め、Parisでは693回のコンサート、そのうちOlympia266回、Palais des Sports144回、Bercy99回(Vieilles canaillesを含め)、Zenith78回、Parc des Princes(2回で7コンサート)、Stade de France(3回で9コンサート)、40ヵ国でコンサート。2500回以上雑誌の表紙を飾り、関連書籍は190冊を数える。

私生活では・・

196512日歌手のSylvie Vartan(1944-)OiseLoconvilleで結婚、66年男児David誕生、8011日離婚。  

198112月モデルのBabeth Etienne(1957-)と結婚、82月離婚。  

1982TVで共演した女優Nathalie Baye(1948-)との仲が喧伝され、83年女児Laura誕生。Johnny Lauraの誕生を喜び1986年「Laura」(Jean-Jacques Goldman作詞・作曲)を歌っている。二人の仲は86年3月破局。   

1990年7月女優・脚本家Adeline Blondieau(1971-)と結婚、92年離婚。1994年再度Adeline Blondieauと結婚、95年5月再度離婚。 

1996年3月モデルLaeticia Boudou(1975-)と結婚。Johnny Laeticia夫妻はヴェトナム人の女児2人(2004年Jade008年Joy)を養子に迎えている。

 

 



 今月の顔 12月    Decembre 2017



   ノルウェン・ルロワ
    Nolwenn Leroy

  

ノルウェン・ルロワNolwenn Leroyがアルバム「Bretonne/ブルターニュの女性」をリリースしたのは
2010年12月6日。130万枚以上売り上げたと言われている。

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