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アモリー・ヴァッシリ
Amaury Vassili
 

Amaur Vassiliは2011年5月14日第56回Eurovisionに出場
Sognu/夢」を歌った。

 





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No. 1509   2018.5.8 

3、4月の話題 3題 まとめてお伝えいたします。            

1.シャルル・デュモンCharles Dumont、2018年3月26日さよなら公演

2.ジャック・イジュランJacques Higelin、2018年4月6日死去 

3.ミシェル・サルドーMichel Sardou、2018年4月11、12日最後のステージ

 


1.シャルル・デュモンCharles Dumont、さよなら公演
         

Charles Dumontが89歳の誕生日の2018年3月26日Bobino(20, rue de la Gaite 14区)で、さよなら公演「Je suis venu te dire au revoir/あなたにさようならを言いに来た」を行った。

Charles Dumont略歴)

Charles Dumont1929年3月26日LotCahors生まれACI。第2次大戦中に転居先のToulouseで、戦後Parisに出て、トランペットを学んだが、扁桃腺炎のため放棄。Parisで教会のオルガン奏者にピアノを習い、バーにピアニストとして出演。1958年歌手として最初のレコードを出すが成功せず。その後作曲に興味を持ち、詩人Francis Carcoの詩に曲を付ける。Carcoを通じて女性歌手Cora Vaucaireを紹介され、Coraを通じてその夫で作詞家のMichel Vaucaire(1904-1980)と知り合い、コンビで曲を作る。1959年Les Compagnons de la Chansonに提供した曲がラジオ局Europe1のコンクールで優勝。これが2人の最初の成功曲、それ以降Luis MarianoTino RossiGloria LassoLucienne DelyleCara Vaucaireなどに曲を提供。

1960年10月、VaucaireDumontの二人は自分たちが作詞/作曲した「Non je ne regette toujours rien/水に流して」を携えてEdith Piaf宅を訪問。Piafはそれを聞きながら「お若い人!あなたがこれを作ったとは信じられない。この曲は世界中でヒットするわ」。その後DumontPiafのために30曲以上を作曲している。PiafDumontに歌うことを勧め、「Les amants/恋人たち」(1961年Piaf作詞)、「Inconnu exceoté de Dieu/神のみぞ知る」(1962年L.ouis Amade作詞)を歌う。Dumontは再びソロで歌うようになり、1964年最初のLPをリリース。その後も・・

・1967年「La cigarette après l’amour/夜明けのタバコ」

・1971年Jacques Tatiの映画「Trafic」のテーマ作曲

・1972年「Ce soir il nege/今宵雪が降る」、「Comme une fugue de Bach/バッハのフーガのように」

・1973年LPUne femme/夢の女性』でACC賞受賞

・1976年10月47歳で最初のリサイタル、Espace Cardin

・1977年「Une chanson/1曲のシャンソン」SACEMPrix spécial/特別賞受賞

・1978年Olympiaに初出演。

・1979年「La fille de Jacob/ヤコブの娘」

・1983年LPSouviens-toi un jour』(Piafのために書いた曲のcompilation):「Non je ne regette toujours rien」など

・2004年3月28、29日50年のキャリアをBataclan

・2008年7月7日~16日来日

・2010年10月4日CD2枚+DVDCharles Dumont chante l’amourC.D愛を歌う』愛のシャンソンのスタンダード20曲「La vie en rose/バラ色の人生」、「Quamd on a que l’amour/愛しかない時」、「Pasrlez-moi d’amour/聞かせて世愛の言葉を」など

・2010年Age tendreの第5シーズンに初参加、2010年3月から11年2月まで、50公演に出演

・2011年1月18日「Arts et des rettles/芸術・文化勲章」Commandeur章受章

・2012年1月25日自伝「Non je ne regette toujours rien/今でも何も忘れてはいない」をCalmann-Levy社から刊行

・2013年11月SACEMの「Grand Prix Créateur/クリエーター大賞」受賞

・2016年2月8日「Légion d’Honneur」勲章 officier章受章

・2018年3月26日さよならコンサート

 

(2018年3月26日さよならコンサート「Je suis venu te dire au revoir」の模様)

Dumontがさよなら公演に選んだのは1979年10月初めて出演したBobino(20, rue de la Gaité 14区)。Piafは1963年2月21日から3月13日までBobinoに出演、これはPiafParisで歌った最後のステージになった。上下白のスーツに黒のYシャツでステージに登場、5人のミュージシャン(ベース、キーボード、チェロ、ドラムス、アコーデオン)をバックにピアノの弾き語りで歌い、1曲終わる都度律儀にピアノの脇に立ち挨拶する歌手に盛大な拍手。MCDumontが感謝の気持ちを述べたのはまず父親に「父から全てを教わった」、次いで40年以上に渡って作詞を提供してくれ、2007年に死去した女性作詞家Sophie Makhnoに、更に作詞家のFrédéric Zeitoun(1961-作詞家、音楽評論家)に。ZeitounDumontがこの日も歌った「Laissez passer le passé/過去を過ぎ去るままに」などの詩を提供していて、この日会場に姿を見せていた。DumontThomas Boissy(生年不詳―ACI)をステージに招き、Boissyに歌詞を提供された「Au revoir」を歌った。そこでは「私は皆さんにさようならと言う、震える手で、喉が詰まったような声で・・」と歌っている。観客の中には元文化大臣Frédéric Mitterrandの顔が見えた。多くは50歳以上だった観客も、歌ったDumont同様に感動していた。ステージの上にはプロンプターは置かれていなかった。Dumontが歌詞を失念した場面もあったが79歳の歌手に観客は寛大だった。アンコールに入ってからの4曲は、いずれもDumontPiafのために作曲した曲。 最初の「Les Flonflons du bal/ざわめくダンスパーティー」はPiafとのvirtuel デュオで。「Les amants」、「Mon dieu」と続き、2時間のコンサート最後の曲は「Non je ne regette toujours rien」。Dumontはこの曲を2度歌い、2度目には観客にも歌うよう要請、観客は立ち上がってそれに応じた。歌い終わった後ホールは「Joyeux anniversaireHappy Birthday」の大合唱。この日Dumontが歌ったのは他に:「Inconnu excepté de Dieux」、「Comme une fugue de Bach」、「Une chanson」、「Ta cigarette après l’amour」、「La fille de Jacob」、「Merci」(1984年)、「La musique」(1985年)など。

Ta cigatrette après l’amour」 https://www.youtube.com/watch?v=XhfUzhrmLhg

さよならコンサートを報ずる3月27日のTF1のニュースhttps://www.youtube.com/watch?v=v7CV9EvGeGo

 

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2.ジャック・イジュランJacques Higelin、死去

Jacques Higelinが2018年4月6日の朝Parisで死去した旨家族が告知した。享年77歳。

Jacques Higelinの略歴)

Higelin19401018日パリ郊外パリの西20km、Brou-sur-ChantereineSeine-et-Marne生まれのACI、俳優、作家、詩人。 Artheur H(1966-ACI、2009年VdMで「ロック/ポップアルバム賞」受賞)及びIzia(1990-ACI、2010年VdMで「ロック/ポップアルバム賞」及び「新人ステージ賞」を受賞、12年VdMで「ロック/ポップアルバム賞」を受賞)の父親。15歳で学業を放棄、映画界に。1959年Henri Fabiani監督「Le bonheur pour demain/明日の幸福」で共演したHenri Crolla(1920-1960、ギタリスト、作曲家、俳優)に勧められ、兵役除隊後、歌手に。1963年から映画出演の傍らキャバレに出演して、Yves Montandや「le fou chantant/歌う狂人」といわれたCharles Trenetとも同じステージに立っている。その後・・

・1964年最初のレコード「chante Boris Vian/ボリス・ヴィアンを歌う」をリリース

・1967年Brigitte Fontaine(1939-ACI)とのデュオ「Cet enfant que je tavais fait/僕が君に作ってあげた子供」(Fontaine作詞/Higelin作曲)がヒット。 Fontaineとの出会いについては次のように語っている: 1960年代半ばのある日私はキャバレ「L’Ecluse」の前を歩いていた。店のカーテンの間だからFontaineが歌っているのが見えた。ちょうど私は芝居に共演してくれる女優を探していた。私は店に入り彼女が歌い終わるまで待った。 「あなたと一緒に芝居をしたいんですが?」。 彼女は64年「Maman, j’ai peur/ママ、私は怖い」に出演してくれた。彼女を通じてAreski Belkacemを知った。それから50年以上の付き合いが続いている。

・1971年全曲自作のアルバム「Jacques Crabouif Higelin」を出し詩作と作曲の才を示す

・1979年「Champagne pour tout le monde/シャンペンをみんなに」

・1977年「Pars/出発しろ」

・1988年Tombé du ciel/空から落ちて」

その後挑発的な都会派ロッカーとして、メデイアに登場することは少なく、ステージを中心に活動。コンサートは「観客に満足感を与えるために」3~4時間続くこともあり、アンコールに入ってからの方が長いことも。

Higelinは特にステージでのパーフォーマンスから「le nouveau fou chantant/2代目歌う狂人」と呼ばれるが、その由来は:1981年のある日Aix en ProvenceTrenet宅の近くでヴァカンスを過ごしていたらメッセンジャーボーイが「M..Trenetがお目に掛かりたい」との伝言を持ってきた。2人で一日中歌った。その際Trenetが「君は現在のfou chantantだ」と発言したからだと言われている。04~05年フランス国内で「Higelin chante Trenet/イジュラン、トレネを歌う」コンサート。05年にはそのライヴアルバム「Higelin enchante Trenet/イジュラン、トレネを魅了」をリリース。

最近では:

・2009年SACEMのシャンソンフランセーズ歌手大賞を受賞

・2013年10月CD14枚組、142曲収録の全集「Le coffret essentiel」をリリース

・2014年1月「Ordre des Arts et des Lettres/芸術・文学勲章」のCommandeur勲章受章

・2014年7月第30回「Francofolies de La Rochelle/ラ ロッシュルのフランコフォリー」に特別ゲストとして出演、Higelinはこのフェスティヴァルの第1回(1985年)にHubert-Félix ThiéfaineLes Rita Mitsoukoらと出演している。

・2015年にはデビュー50年を記念して:

・・10月7日Télérama誌のジャーナリストValerie Lehouxと共著の自伝「Je ne vis pas ma vie, je la rêve私は私の人生を生きてはいない、それを夢みているだけ」Fayard社から刊行。

・・10月24日、25日Philharmonie de ParisParc de la ViletteParis19区 2015年1月14日開館)でコンサート(これが最後のコンサートとなった)

10月24日はBruno Fontaine指揮Orchestre national d’Ile-de- Franceとの共演。オーケストラの長目のイントロの後、黒縁の眼鏡、丈の長い白いYシャツ、短めのネクタイ、黒い上着に、ジーンズのズボン、白いバスケットシューズで、ステージ登場した10月18日に75歳になったHigelin。 会場は数分にわたるスタンディングオベーション。  緊張した様子はなく、まず「Je suis tellement heureux de vous revoir/再び皆さんにお目にかかれ、とても幸福です」。途中でオーケストラの演奏を交えて、2時間に及んだステージで最初に歌ったのはHigelinのクラシックとも言うべき「Tombé du ciel」で演奏時間は5分以上。その後、時には眼鏡は外し、時には「長丁場なので」と椅子に腰掛けて、「Mona Lisa Klaxon」(詩的なロックと言われた初期のヒット曲)、 「La balade au bord de l’eau/水辺のバラード」、「La rouse au chocolat/チョコレートを持った赤毛の女性」(アコーデオンを演奏しながら)、「Le berceau de la vie/人生の揺りかご」、「Pars」(会場の何人かは手拍子でHigelinに和した)。コンサートの後半にステージに登場したIziaとは「Ballade pour Izia/イジアのためのバラード」(Iziaの誕生直後に作った曲)、上下真っ赤な衣装で登場したArthur Hとは「Lettre à la petite amie de l’ennemi public №1/社会の敵№1の恋人に当てた手紙」をデュオで歌った。その後「Irradié/放射線を浴びて」、「Un aviateur dans l’ascenseur/エレヴェーターの中の飛行士」(ピアノの弾き語りで)。オーケストラの「Happy Birthday」の後、最後の曲は「Champagne」。アンコールに答えて再度「Pars」を、今回は全ての観客が一緒に手拍子で和した。その後オーケストラのメンバーがステージから引っ込んだ後にも会場を去ろうとしない観客に10分にわたって感謝の挨拶を。

・・11月1日TVArteHigelinの半生をテーマにしたドキュメンタリー「Ce que le temps a donné à l’homme/時がこの男に与えたもの」を放映。2018年4月6日Higelin死去の報を受けて再放送された。

・2016年10月7日アルバム「Higelin 75/イジュラン 75」(75歳を迎えたことから)をリリース。「Elle est si touchante/彼女はとても感動的」、「L’emploi du temps/時間の使い方」(演奏時間8分30秒)、「J’fume/僕はタバコを吸う」、「Lonesome Bad Boy」、「Le monde est fou/世界は常軌を逸している」、「A feu et à sang/火に、血に」(演奏時間21分)など8曲収録

・2018年4月6日死去

 

(各界からの哀悼の辞)

Emmanuel Mascron(大統領):彼は真の「bête de scène/ステージの怪物」、ステージから離れることはなかった。歌いながら語り、語りながら歌い、彼の言葉を叫び、囁き、歌詞を格調高く朗唱し、沈黙することを望まなかった。

Françoise Nyssen(文化大臣):彼は幻想的で、叙情的、詩的な優しさを持つが、音楽的には激しさを持つ特別な存在だった。

Jacques Lang(元文化大臣):彼は友人、人道主義と寛容の精神の闘士だった。1982年私が初めて「La Fête de la musique/音楽の祭典」を企画し、各地で開催した時、私に同行してエネルギー溢れるステージを見せてくれた。

Brigitte Fontaine(1939-歌手、俳優、作家、作詞家):今の私には大声で泣き叫ぶことしかできない。

Maurane(1960-歌手):突然のことでとても悲しい。彼は類い希な、偉大なアーティスト。彼のステージを10数回見ている。

Benjamin Biolay(1973-ACI):彼は華やかな、才能に溢れた、魅力的な人物だった。

La Grande Sophie(1969-ACI):彼の死去の報に接し身が凍るような気持ちになった。彼は正にステージの大物。彼がステージに現れるとホール全体に光が差すようだ。

Catherine Ringer(1957-ACI):彼はアーティストとして素晴らしい人生を送った。彼は自由だった。私が初めて見たスペクタクルは13、4歳ころParisGrands Boulvardで見たHigelinFontaineAreskiのコンサートだった。彼らの軽快さ、詩情、アドリブに圧倒された。

(別れの会及び埋葬)

4月12日13時Paris11区のホールCirque d’hiverで別れの会が開かれた。Higelinはこの会場で何回かコンサートを行っていて、特に1994年10月25日から4週間に渡るコンサートは伝説になっている。ホールの中央には棺が置かれ、3人の遺児が司会を務め、2時間に及んだ別れの会では:Brigitte Fontaineの哀悼の辞の録音が流された(Arthur Hによれば「彼女は出席して、語る勇気がない」)、Daniel AuteuilBarbaraからHigelinに宛てた書簡の一節を朗読。Jeanne Cherhalが「Tombé du ciel」、  Camilleが「Tiens, j’ai dit tiens」、IziaIrradie」を歌った。参列したのは、Françoise Nyssen文化大臣、Anne Hidalgo Paris市長、Alain SouchonCatherine RingerCharElie CoutureCaliJean-Louis AubertLouis BerignacMathieu Chedidなど。

遺体は別れの会の後、葬列を組んでLe Père Lachaiseで向かい、Menilmontant通り側の正面入り口から入り、1000人以上のファンに迎えられた。Higelinは2016年アルバム「Higelin 75」に収録された「J’fume/僕はタバコを吸う」で「僕はタバコを吸い続ける。墓堀人がPère Lachaiseで僕の墓を掘り、時が止まり、空が僕の頭の上に落ちてくるまで・・」と歌っている。遺体は同墓地内に埋葬された。埋葬の前にArthur Hは「Pars」を歌い、集まった1000人以上のファンがそれに和して大合唱に。

Cet enfant que je tavais faitBrigitte Fontainehttps://www.youtube.com/watch?v=jX7zcGEM_rE

La rouse au chocolat 」2015年10月Philharmonie de Parisで https://www.youtube.com/watch?v=tg51SwamhEk

 

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3.ミシェル・サルドーMichel Sardou、最後のステージ

かねて歌手活動からの引退を表明していたMichel Sardouが4月11日、12日で最後のステージに立った。

Michel Sardouの略歴)

Michel Sardouは1947年1月Paris生まれのACI、俳優。芸能人一家の出、1960年から80年のシャンソンの黄金時代を生き、今日まで9500万枚のレコードを売上げ、保守的で愛国的と言われるフランス人を代弁する歌手。時代に沿ったテーマを取り上げ、彼のヒット曲は国民的財産と言われている。映画・舞台俳優としても活躍

・1963年学業を放棄し父親のキャバレ「Chez Fernand Sardou」でボーイ兼歌手として働く

・1965年最初の結婚。Françoise PettreThéâtre du Châteletのダンサー)と。女児2人、77年離婚。1977年2度目の結婚、男児2人、98年離婚。 1999年著名なジャーナリストAnne-Marie Perierと3度目の結婚。

・1965年Barclayから最初のEP。自身の作詞、Michel Fugain(1942-ACI)作曲のLe madras/マドラス」ほか3曲収録

・1967年「Les Ricains/アメリカ人:アメリカの涙」

・1970年「J'habite en France僕はフランスに住んでいる:僕はフランス人」(ACC賞)、Les bals populaires/舞踏会」、

Monsieur le Président de France/フランス大統領殿」

・1971年VedetteとしてOlympiaに出演(70年 Enrico Maciasの前座で初出演)

・1973年「La maladie d'amour/恋の病」(シングルは100万枚)、Les vieux mariés/老夫妻:永遠の絆」、「Le curé/神父」、「La fille aux yeux clairs/澄んだ瞳の少女」

・1976年「Je vais t'aimer/君を愛するだろう:愛の叫び」、「Je suis pour/僕は賛成:憎しみの果てに」、「Le France/フランス号:フランス号の曳航」、「Le temps de colonie/植民地時代」

・1977年「La java de Broadway/ブロードウェイのジャヴァ」、「Comme d'habitude/いつのもように:May Way

・1978年「Je vole/僕は飛ぶ」、「En chantant/歌いながら

・1981年「Les lacs du Connemara/コネマラの湖」、「Je viens du Sud僕は南仏出身」、Etre une femme/女性であること」

・1983年「Vladimer Ilitchウラディミール イリッチ」(Lénineレーニンの本名、Lénineへのオマージュ)、「Si l'on revient moins

riches/貧しくなって戻ってきたら:愛の旅立ち:青春の旅立ち」

・1986年「Musulmanes/イスラム教徒たち」( VdMでシャンソン賞受賞)

・1989年Les Enfoirésに初出演。その後2005年までに4回出演 

・1991年VdMで男性歌手賞受賞

・1996年Théâtre de Parisで上演された「Bagatelles/色事」で劇場劇に初出演

・2001年Académie FrançaiseGrande Médaille受賞

・2001年 Légion d’HonneurOfficier勲章受章

・2004年「La rivière de notre enfance/子供の頃の川」(Garouとのデュオ)、、「Non, merci/いえ、結構です」

・2006年「Allons danser/さあ踊ろう」、 「Le chant des hommes/男たちの歌」(Chimène Badiとのデュオ)

・2008年「Secret de famille/家族の秘密」で次男のDavyと共演。

・2010年8月アルバム『Etre une femme 2010/2010年女であること』: 「Etre une femme 2010」、「Voler/飛ぶこと」(Céline Dionとのデュオ)、「Chancun sa verité/それぞれに真実がある」など14曲収録

・2015年9月~2017年2月Théâtre de la Michodièreで上演の劇場劇「Représailles/報復」に出演

・2017年

・・5月26日Le Parisien紙とのインタビューで、「最後のツアーを行い、歌手活動からの引退。その後は演劇を中心にする」

・・9月30日「La dernière danse/最後のダンス」ツアーをLimogesで開始、2018年3月まで国内、スイス、ベルギーで

  この間La Scène MusicaleIle Seguin, Boulogne-Billancourt)には2017年12月26日から2018年1月7日まで出演

  2018年3月23、24日が最後の公演の予定(体調不良のため4月に延期)

・・10月13日CD20枚組「IntégraleMes premières et mes dernières danses」リリース。1965年から2012年までの23枚のアルバムに収録された320曲及び41曲のボーナスを収録

・・10月13日Michel Sardouへのオマージュアルバム『Sardou et nous/サルドウと私』リリース。少年・少女歌手によるSardouのヒット曲のカバー。「Les lacs du Connemara」(Kids United)、「En chantant」(Nemo SchiffmanLouDylanAngie Robba)、「Je viens du sud」(Lou)、「La maladie d’amour」(Gloria)、「Je vole」(Nemo SchiffmanIlyana)、「Vladimir Ilitch」(GabrierErza)「Le France」(Nemo Schiffman)、「La java de broadway」(Dylan)、「Je vais t’aimer」(Nilusi)など

・・10月20日最後の26枚目のスタジオ録音アルバム『Le choix du fou/常軌を逸した者の選択』:「Le figurant/エキストラ」、「San Lorenzo/サン ロレンツオ」、「Et alors !/それで!」、「La Colline de la soif/渇きの丘」、「Qui m’aime me tue/僕を愛するものが僕を殺す」、「J’aimerais savoir/僕は知りたい」、「Je t’aime/君を愛している」、 「Pour moi elle a toujours 20 ans/僕にとって彼女は常に二十歳」、「Le Choix du fou」(Petits Chanteurs de Saint-Marcと)など10曲収録

・2018年4月11、12日最後のコンサート

 

(4月12日のステージ)

この日は2017年9月に開始し、すでに40万人の観客を集めているLa dernière danseス」ツアーの82回目の公演。   会場のSeine Musicaleには4500人のファン。「MerciOn t’aime/ありがとう!あなたが好き」などと書かれたカードを掲げたファンも多数。

「最初はさよならツアーを行わず、静に引退するつもりだったが妻に、『50年以上あなたを応援したファンが沢山いるんだからその人たちに感謝の気持ちを表さなくては』と言われた」

黒の上下、トレードマークである結ばない蝶ネクタイ姿で登場したSardou、最初の曲は「Salut」。その後は歌った順に:「La java de Broadway」、「Je vais t’aimer 」、「San Lorenzo」、「Laigle noir」(Barbaraのヒットのカバー)、「Le France」、「En chantant」、「La maladie damour」、「Une fille aux yeux clairs」、「Les Ricains」、「Etre une femme」、「Le igurant」、「Je vole」、「Musulmanes」、

Comme dhabitude」、「La dernière danse」など。

メドレーも含め2時間のステージで25曲を歌い、アンコールで1曲。アンコールで歌ったのは「Les Lacs du Connemara」。歌詞を間違えた。「Stop!歌詞を間違えました。100年もこの曲を歌っている。今夜さよなら公演の日に間違えるために歌ってきたのか! 引退する時が来たんだろう」と冗談を。この瞬間はSardouのファンには長く記憶されるだろう。そしてSardouは歌い直した。ファンにとってはこの上ない贈り物。

コンサートの途中でUniversal Music FranceOlivier Nusse社長から「Le Choix du fou」が20万枚以上の売上げになったことから「double disque de platine/ダブルプラチナディスク」を贈られた。この日会場に、Valérie LemercierGrégoireMylène FarmerVincent NiclotMireille Dumasなどの顔が。前日にはJean-Paul BelmondeGuy Bedosが顔を見せていた。

最初の曲「Salut」でSardouは「bien sûr quon se reverra/もちろん我々はまた会うだろう」と歌っている。そうSardouにまた会うことが出来るだろう。歌のステージではなく芝居の舞台で、2019年後半には。Sarouは「retourner sa veste/背広を裏返す:意見を変える」したのではなく、背広そのものを変えた。コンサートの模様は4月25日TVC8で放送された。

Les Ricains」1976年 https://www.youtube.com/watch?v=FnOtWnE4Kfg

最後のコンサート2018年4月12日「Les Lacs du Connemara 」+final https://www.youtube.com/watch?v=5ENL3r-t4Bo 

 (2:20 付近で「Stop !歌詞を間違えた・・」)