今月の顔   今月にちなんだトピックをもつ歌手のご紹介です。

 

今月の顔 2021年12月 Décembre 2021

ナナ・ムスクーリ Nana Mouskouri

 

ナナ・ムスクーリ Nana Mouskouriは19681222日、TVTélé dimanche」に出演、「Roses blanches de Corfou/コルフの白いバラ」を歌った。

Roses blanches de Corfou」(1962年 フランス語の詩Frank GérardManos Hadjidakis作曲)

 1968年12月22日 https://www.youtube.com/watch?v=cpXh2t05zOU

歌詞の大意:

・・コルフの白いバラ、白いバラ、白いバラ、毎夜私はあなたのことを思っている。何故船は行ってしまうのか?太陽が再び青い空に昇る時に、私たちが婚約時代を過ごしている時に、何故別れの時が来るのか? コルフの白いバラ、白いバラ、白いバラ、毎夜私はあなたのことを思っている。コルフの白いバラ、白いバラ、白いバラ、あなたは甘い香りがした、暁が明けようとする時。でも今私はあなたから遠く離れている。 コルフの白いバラ、白いバラ、白いバラ、毎夜私はあなたのことを思っている。あなたのことを思っている・・

(注)上掲の歌の中でMouskouriは「la bateau」と歌っているが正確には「le bateau/船」(男性)。Live録音では「la bateau」と歌っている例が見られるが、レコードでは「le bateau」と正確に歌っている。

 

1.Nana Mouskouriの略歴

本名Joanna(愛称Nana Mouschouri、1934年ギリシャ、クレタ島生まれ、3歳で一家はアテネに。1950年から姉とアテネの音楽学院で声楽、ピアノを学ぶ。ラジオののど自慢番組などに出演し、またピアニストのGeorges Petsilasと知り合い、そのバンド「The Atheniens」とともにジャズクラブなどで歌い、1957年音楽学院を放校処分。1958年ギリシャの大作曲家のManos Hadjidakisに出会い、曲の提供を受けるように。

・1958年ギリシャで自身最初のEPをリリース。「Mazi me Sena」など4曲収録

・1959年9月ギリシャ「ポピュラー音楽祭」でHadjidakisの曲「Asteri Asteraki」など2曲を歌い優勝

・1960年9月バルセローナ「地中海歌謡祭」で「Xypna agapi mouDespierta mi amor」を歌い最優秀賞受賞

 「Xypna agapi mou」「地中海歌謡祭」で https://www.youtube.com/watch?v=M7IgwcN7N0Q

・1960年5月フランスで最初のレコードをリリース。「Ta pedia tou PireaLes enfants du Pirée/ピレウスの子供たち/(邦題)日曜はだめよ」などギリシャ語で歌われた4曲収録

・1961年7月ドイツで「Weisse Rosen aus Athens/アテネの白いバラ」

・1962年フランスで「Roses blanches de Corfou/コルフの白いバラ」

・1962年6月Quincy Jonesの招きでアメリカへ。そのプロデュースでアルバム『The Girl from Greece sings』:「What now my love」(「Et maintenant/エ マントナン」のC.Sigmanによる英語の詩)、「Smoke gets in your eyes」、「Love me or leave me」など15曲収録

・1962年12月Georges Brassensの前座でParis Olympiaに初出演

・1963年3月23日ロンドンで開催された第8回EurovisionコンクールにLuxenbourg代表として出場。「A force de prier/お祈りしたので」を歌い8位

  「A force de prierEurovision で https://www.youtube.com/watch?v=98HlhsUVX70

・1963年Parisに生活拠点を

・1964年10月~66年11月アメリカとカナダでの「Harry Belafonte show」に同道

・1964年『Mes plus belles hanons grécques/私が歌うギリシャの最も美しい曲』(1963年リリース、ギリシャ語で歌った、主としてHadjidakis作曲の15曲収録)が、ACCGrand Prix folkloreを受賞

・1965年「Les parapluies de Cherbourg/シェルブールの雨傘」、「Les valse des lilas/リラのワルツ」

・1967年「Le tempss des cerises/サクランボの実る頃」、「C’est bon la vie/人生は素晴らしい」

・1967年「Le cœur trop tendre/優しすぎる心」(ACCの Grand Prix de la chanson受賞)

  「Le cœur trop tendre」  https://www.youtube.com/watch?v=LgGxcPePLDg

19671026日~1112週間 vedetteとしてParis Olympiaに出演、16曲歌う。司会及び前座Jacques Martin、前座にはSerge Lamaなど。1967年最初のliveNana Mouskouri à l’Olympia』:「Celui que j’aime/私の愛する人」、「La dernière rose de l’été/夏の最後のバラ」、「Mon gentil pêcheur/私の優しい釣り人」、「Adieu Angelina/さよなら、アンジェリーナ」、「Au cœur de septembre/9月の真ん中に」、「Le temps des cerises」など13曲収録

 「La dernière rose de l’été」 https://www.youtube.com/watch?v=-BKnNeCYTDk

・1967年12月から生活拠点をSuisseGenèveに移す

・1969年ギリス向け『Over and over』:「Over and over」、「Cucurrucucu paloma」、「Scarborough fair canticle」、「Try to remember」、「The white rose of Athens」など12曲収録

・1970年3月ロンドンRoyal Albert Hallに初出場

・1971年「Comme un soleil/太陽のように」、「Plaisir d’amour/愛の歓び」

  「Comme un soleil1974https://www.youtube.com/watch?v=IZuyTKQotD0

・1974年来日。7月22、23日中野サンプラザ公演・・・8月4日放送NHK「ビッグショー ナナ・ムスクーリ アテネの白いバラ」に「The Atheniens」と出演。その模様はLP『ナナ・ムスクーリ ビッグ-ショー』に収録。10曲:「日曜日はだめよ」、「明日に架ける橋」、「愛の歓び」、「アテネの白いバラ」、「太陽のように」、「シェルブールの雨傘」(荒川ひろし翻案の日本語で)、「赤とんぼ」(日本語で)など

 「シェルブールの雨傘」https://www.youtube.com/watch?v=0PToTd2_ZbQ

 「赤とんぼ」 https://www.youtube.com/watch?v=Bl_jgIjWIVI

・1977年「Habanera/ハバネラ」(「Carmende Bizet

・1978年「Dans les prisons de Nantes/ナントの牢獄で」

・1981年「Je chante avec toi liberté/私はあなたと共に歌う、自由よ」

Je chante avec toi liberté」1984年 https://www.youtube.com/watch?v=2U-06OCABjg

・1984年7月20年振りにギリシャに帰国。23、24日、アテネ Herode Atticus劇場で初のコンサート

・1990年「Oh happy day

・1993年10月からUNICEFGoodwill Ambassador/親善大使(Audrey Hepburnの後任)

・1994年~1999年ギリシャ選出のEU議員(中道右翼)。

・1997年『Hommages』(過去の名曲へのオマージュ):「Con te partiro/コン テ パルティロ」、「La chanson de Prévert/枯葉によせて」、「Parlez-moi d’amour/聞かせて世愛の言葉を」、「Caruso/カルーソ」、「Le plat pays/平野の国」、「Ne me quitte pas/行かないで」、「Une île/一つの島」、「Trois petites notes de musique/三つの小さな音符」、「Un jour tu verras/いつの日にか」、「Les feuilles mortes/枯葉」、「La ballade de Zacco et Vanzetti/ザッコとヴァンゼッティのバラード」など15曲収録

 「Le plat pays」 https://www.youtube.com/watch?v=yx65Q5UrWKU

 「Une île」 https://www.youtube.com/watch?v=aMvJPXwL9tM

2002年「Fille de soleil太陽の少女」clip https://www.youtube.com/watch?v=KXfBICW40YU

200434枚組みCD675曲集録の「Nana Mouskouri Collection」。120ページの解説書付き

・2004年ベルリンで70歳記念公演の際ステージからの引退を宣言

・2005年「The Farewell World Tour」。4月8日デンマークViborgから2008年7月23、24日アテネHerode Atticus劇場まで、世界中の85都市を回る:2007年11月24日Paris Opéra

・2006年SACEMGrand Prix de la chanson française受賞

・2011年ドイツでの「50Jahre WEISSE ROSEN/白いバラ50年」ツアーでカムバック。2011年11月29日ベルリンから2012年5月2日ハンブルグまで

・2011年11月『Nana and FriendsRendez-vous』(自身の過去のヒット曲などのデュオによるカバー):「Pauvre Rutebeuf/哀れなリュトブフ」(Alain Delon)、「Here's to You(Joan Baez)、「Adieu Angelina(Roch Voisine)、「Tous les arbres sont en fleur/すべての木々が花盛り」(Lénou)、「Le temps des cerises(Dave)、「Guantanamera(Francis Cabrel)、「La vie, lamour, la mort/人生、愛、死」(Lara Fabian)、「Aux marches du palais/お城の階段で」(Serge Lama)、「Cest bon la vie(Alain Souchon)、「Je chante avec toi liberté」(Herbert Léonard)、「Grande,rande,grande(Julio Iglesias)など14曲

 「Pauvre RutebeufAlain Delonと https://www.youtube.com/watch?v=2-Srg5DNN5I

 「Au marches du palaisSerge Lamahttps://www.youtube.com/watch?v=JApil08iLVs

 「La vie, l’amour, la mortLara Fabianと https://www.youtube.com/watch?v=V6guB1VasiY

・・2012年『Nana and FriendsRendez-vousinternational version):上記に「Plaisir d’amourCharles Aznavour、「How Do You Keep The Music PlayingHarry Belafonte、「White Rose of AthensThe Paul Kuhn Big Bandなど追加

 「Plaisir d’amour」 Aznavourhttps://www.youtube.com/watch?v=yT9Fk4ORXnQ

201319日自伝「Itinéraire intime個人的な旅程」

2013年「Joyeux anniversaireHappy Birthday」ツアー、1117日ブラジル、ポルト・アレグレから201612日フランス、ルマンまで:20141011Paris Théâtre du Châtelet

2014月『Happy Birthday Tour英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ギリシャ語で歌った過去の自身のヒット曲のカバー):Over the Rainbow英語、「Try to remember英語、「Plaisir d’amourフランス語、「Je chante avec toi libertéフランス語、「L’histoire de nousフランス語、「Schau mich bitte nicht so anドイツ語、「La vie en rose」のドイツ語版、「La Palomaスペイン語、「Hartino To Fengsraskiギリシャ語、「Milisse Mouギリシャ語など22曲収録

 「L’histoire de noushttps://www.youtube.com/watch?v=JNQLSzAw2j4

2018月『Forever Yougカバーアルバム「私に影響を与えてくれたアーティストへのオマージュ」):In the GhettoPresley 「Sa jeunesse青春という宝」Aznavour、「Forever YougBob Dylan、「Lili MarleenLale Andersen、「Dis quand reviendras-tu ?いつ帰ってくるの」Barbara、「Hey JudeThe Beatles、「HallelujahCohen、「Jamaica FarewellBelafonte、「Salma Ya SalamaDalidaなど15曲収録

 「Dis quand reviendras-tuhttps://www.youtube.com/watch?v=k4YSMN47byY

 「Hey Judehttps://www.youtube.com/watch?v=73dHNTHvlKk

・2018年「Forever Youg」ツアー:1月25日フランス、Lyonから11月27日オランダ、アムステルダムまで。2018年3月8日Paris Salle Pleyelに出演

・2019年4月2枚組みCDcompilationQuand on s’aimeTribute to Michel Legrand愛し合う時;ミシェル・ルグラントリビュートアルバム』:「Quand on s’aime」、「Les parapluies de Cherbourg/シェルブールの雨傘」(フランス語)、「Los paraguas de Cherbourg/シェルブールの雨傘」(スペイン語)、「Sheruburu no Amagasa/シェルブールの雨傘」(日本語)、「La valse des lilas」(リラのワルツ)、「The windmils of your mind」など34曲収録

 「La valse des lilas1965年録音https://www.youtube.com/watch?v=GHpF2gywuvk

201916Légion d’HonneurCommandeur章受章

20191121日 TVFrance300 chœurs chanten les grand air classiques」に出演Vincent Nicloと「Je chante avec toi liberté」を歌うhttps://www.youtube.com/watch?v=A-VJxkqfTQ0

 

2.「Roses blanches de Corfou」について

1960年ドイツでギリシャを紹介するTVのドキュメンタリーフィルム「Traumland des Sehnsucht/あこがれの夢の国」が放映された。その中でNana MouskouriNikos Gaston作詞、Manos Hadjidakis作曲による5曲をギリシャ語で歌っている。このドキュメンタリーフィルムは好評で1961年6月のBerlin映画祭で、Mouskouriが出席して、銀獅子賞(Silberner Bär)を受賞した。フィルムの中で使われた「San Sfyrixeis Treis Fores/あなたが3回口笛を吹く時」は特に好評であった。

 「San Sfyrixeis Treis Fores」 https://www.youtube.com/watch?v=8ANlGGNPcuY

この曲にドイツの作詞家Hans Bradtkeが、原曲とは異なるドイツ語の詩を付けて、タイトルを「Weisse Rosen aus Athen/アテネの白いバラ」とした。これをMouskouriが歌い、1961年7月に「AddioEbbe und Flut)」とのカップリングのSPレコードで、ドイツでリリースされた。レコードは大ヒットで、1962年2月には100万枚以上の売り上げで、当時のdisque d’or/ゴールデンディスクになり、Mouskouriのヨーロッパにおける最初のヒットになった。Mouskouri2011年にはドイツで「50Jahre WEISSE ROSEN/白いバラ50年」ツアーを11月29日BerlinPhilharmonieで開始している。

 「Weisse Rosen aus Athen」1961年 https://www.youtube.com/watch?v=b0_gDCbCRM8

 

ドイツでのヒットを受けてフランスではFrank Gérard がフランス語の詩を付け、タイトルを「Roses Blanches de Corfou/コルフの白いバラ」とした。Frank Gérard(1928-2015 作詞家、作曲家)はPierre Delanoë(1940-2006 作詞家。生涯に5000曲以上作詞したと言われている)の義兄弟で、1950年代にはDelanoëとデュオで歌っていたが1960年代から作詞家に。Michel Polnareffの「La poupée qui fait non」や「Love me, please love me」の作詞者。資料によると「Roses Blanches de Corfou」はDelanoëの詩としているものがあるが、SACEMの資料ではadaptateur(翻案者)はFrank Gérardとなっている。タイトルをドイツ語からの直訳「Roses blanches d’Athènes」としなかったのはフランス語でアテネを表すAthènesでは脚韻が難しいためだと言われている。また、Corfou はギリシャにある200以上の島の一つ、ギリシャ語ではケルキラ島、イタリア語でCorfu、イオニア海にあり、200余の島の中で最も西、イタリア寄りに位置している。ヴェネッチア共和国に一部になったこともある。旧市街地は世界遺産で、ギリシャ神話にも登場。ギリシャ人が住みたい島1位、フランスでも最も人気の観光地の一つであった。同島に咲くバラが特に有名であったことからタイトルに選ばれたようだ。

Roses blanches de Corfou」は1961年10月17日ParisBlanquiスタジオでHeinz Alisch指揮のオーケストラの伴奏で録音された。そして1962年Fontana社から「Roses blanches de Corfou」、「Adieu mon cœur」など4曲を収録したEPがリリースされた。

 

 「Roses blanches de Corfouaudio officiel https://www.youtube.com/watch?v=UTfYqu-rkwE

Mouskouriはこの曲を英語(「The white rose of Athes」)、イタリア語(「Rosa d’Atene」)、スペイン語(「Rosas blancas」)、オランダ語(「Witte Rozen Uit Athene」)などでも歌っている。

 「The white rose of Athes」 https://www.youtube.com/watch?v=tc3qmwaUVr8

Roses blanches de Corfou」はTino Rossiも歌っていて、1962年「Tango italiano」などともに収録されたEPをリリースしている。

 「Roses blanches de CorfouTino Rossi https://www.youtube.com/watch?v=wA8c4XuELWE


 今月の顔 2021年11月 Noembre 2021

フロラン・パニー Florent Pagny

 <img widthFlorent Pagny dézingue et fait des révélations fracassantes sur la Star Academy !

フロラン・パニー Florent Pagnyは1997年11月7日、自身の最大のヒット「Savoir aimer/愛する術を知ること」を収録し、180万枚以上売り上げたと言われるアルバムSavoir aimer』をリリースした。

Savoir aimer(1997Lionel Florence作詞Pascal Obispo作曲

 2003ParisOlympiahttps://www.youtube.com/watch?v=hHQDTdqB6d4

歌詞の大意:

・・微笑む術を知ること、通りすがりの見知らぬ女性に、そうする喜び以外に何も残さずに。愛する術を知ること、敬意とか大きな愛とか、素晴らしいラヴストリーを期待せずに、いわんや愛されたいという望みなど持たずに。 与える術を知ること、見返りなしで与える術を、愛することを学ぶ、期待することなくただ単に愛することを学ぶ。 微笑むことを学ぶ、態度で返してくれることの他は何も望まずに。生きることを、そして去って行くことを学ぶ。 待つ術を知ること、期待せずにやって来た幸せを心から味わうこと。鏡を曇らせる顔の皺のようにとりついた虚無への恐怖を紛らわすために、期待せずにやってくる幸福の存在を信じること。 苦しむ術を知ること、黙って、声を立てずに、防御も付けず、甲冑を付けずに、死にたくなるほど苦しむこと、そして灰の中から再び蘇ること、過去を忘れさせる有り余る愛に満たされて。 夢みることを学ぶ、瞳を閉じて、二人のために夢みることを。そして与える術を知ること、中途半端でなく与えることを。留まることを学ぶ、何があっても最後まで留まることを。愛することを学ぶ。そして立ち去ることを学ぶ、立ち去ることを・・

 

1.Florent Pagnyの略歴

Florent Pagnyは1961年11月6日 Bourgogne地方Chalon-Sur- Saône生まれ、映画・TV俳優、ACI

13歳で地方紙主催ののど自慢大会で優勝、美声が地元で知られるように。16歳で学業を放棄Parisに。演劇学校で演劇とクラシックを学び、映画、TVドラマに出演、キャバレで歌う。1984年公開映画「Fort Saganne/フォート サガン」ではGérard DepardieuCatherine Deneuveらと共演している。Pagnyの歌を聞いたAlain Chamfort(1949- 歌手、作曲家)のマネジャーの推薦でPhilips-Phonogram社と契約。

・1987年Philips社から最初のSP「N'importe quoi/何でも」(Pagnyほか作詞/Pagny作曲)をリリース。70万枚の売上げの大ヒットに

  「N’importe quoi198822日 https://www.youtube.com/watch?v=yLc2_p17Spg

・1988年VdMで男性新人歌手賞

・1990年3月ファーストアルバム『Merci』:「Merci」、「J’te le jure/君にそれを誓う」、「Heureux de vivre/生きる喜び」、「Pour la vie/命ある限り」、「Reste chez toi/君の家に留まってて」など11曲収録

比較的多産のPagnyはその後定期的にアルバムをリリース、いずれも好評。2021年9月リリースの『L’avenir/未来』は20枚目のスタジオ録音アルバム

・1991年1月Paris Zénithに出演、3日で14000人の観客

・1993年Les Enfoirésに初出演(その後都合7回出演、最近は2021年)

・1994年3月3枚目『Rester vrai/真実のままで』:「Si tu veux m’essayer/僕を試したいなら」(Jean-Jacques Goldman<1951- ACI>にSam Brewskiの名で提供された)、「Loin/遠く」(dito)「Rester Vrai」、「Jamais/決して」(Johnny Hallydayとのデュオ)など11曲

・1994年11月28、29日Paris Olympiaに出演

・1995年9月copilationBienvenue chez moi/我が家へようこそ』:「Bienvenue chez moi」、「Caruso/カルーソ」など14曲(他の12曲は過去のヒット曲のセルフカバー)

  「Bienvenue hez moi1997年 https://www.youtube.com/watch?v=eA88VM8c-II

  「Carusohttps://www.youtube.com/watch?v=DYQacv9CHPI

1998VdMで男性歌手賞

1997年南米のPatagonieに移住。パートナーAzucena Caamafio(モデル、画家、1993年からのパートナー。 2児、1996年生まれと1999年生まれの男児、2006年結婚)の出身地。 2009年から一時アメリカMiamiに居を移す。2013年には再びPatagonie

・1997年11月4枚目『Savoir aimer/愛する術』

・2000年11月6枚目『Châtelet Les Halles/シャトレ レ アル』:「Châtelet Les Halles(Paris1区にある地下鉄などの駅)、「Et un jour, une femme/ある日一人の女性が」、「Un mot de Prévert/(ジャック・)プレヴェールの一語」など13曲

  「Châtelet Les Halles」 https://www.youtube.com/watch?v=Yf5WI0aFXfo

200112月『過去のヒット曲、自身のものを含め、をデュオでカバー):Et maintenantエ マントナン」Lara Fabian、「Les emmerdes想い出を見つめて」Patrick Bruel、「Châtelet Les HallesCalogero、「Et un jour, une femmeMarc Lavoine、「Savoir aimerSouad Massi、「ChanterIsabelle Boulayなど15

2003枚目『Ailleurs Land異国』Ailleurs Land」、Demandez à mon cheval僕の馬に聞いてくれ」、「Ma liberté de penser僕が考えることの自由」、「La folie d’un ange天使の気まぐれ」、「Sauf toi君を除いて」など11

  「Ma liberté de penser」 https://www.youtube.com/watch?v=ks-WzuTB3Dc

200411枚目『Barytonバリトン』フルオーケストラをバックに歌われたオペラのアリア):Nessun dormaTurandoto、「La donna e mobileRigoletto、「E lucean le stelleTosca、「MariaWest side storyなど11

20071111枚目『Pagny chante Brelパニー、ブレルを歌う』La chanson de Jackyジャッキーのシャンソン」、「Ne me quitte pas行かないで」、「La chanson des vieux amants懐かしき恋人の歌」、「La Fanetteファネット」など11

  「Fanette」 https://www.youtube.com/watch?v=F5eDo-CTybQ

・2013年11月15枚目『Vieillir avec toi/君とともに老いる』(収録10曲の作曲はすべてCalogero<1971-ACIVdMで04年男性歌手賞、05年シャンソン賞を受賞>):「Vieillir avec toi」、「Le soldat/兵士」、「Combien de gens/どれだけの人々が」、「Après nous/我々の後には」、「Les murs porteurs/支える壁」、「Quand on est seul en décembre/12月にひとりだと」など

  「Vieillir avec toi」 https://www.youtube.com/watch?v=4Os8xLo1m74

20183018枚目『Tout simplementただ単に』ピアノの伴奏による過去のシャンソンのヒット10曲のカバー):Mistral gagnantミストラン ガニャン」Renaudのヒット、「Le mal de vivre生きる苦しみ」Barbara、「Des gens formidables素晴らしい人々」Francis Cabrel、「Ma solitude僕の孤独」Georges Moustaki、「20 ans二十歳」Léo Ferréなど

201919枚目『Aime la vie人生を愛せよ』Aime la vie」、「Rafale de vent突風」、「C’est ta routeそれが君の道」Anna Silaとのデュオ、「Garçons少年たち」Jean Rénoとのデュオ、「Raison d’aimer愛する理由」など11

  「Farale de vent」 https://www.youtube.com/watch?v=ATlm8lW2CQ4

・2021年9月17日20枚目のスタジオ録音アルバム『L’Avenir/未来』(10曲収録。うち9曲はCologeroの作曲による):「L’avenir」(Serge Lama作詞/Calo作曲)、「Les nouveaux rêves/新しい夢」(Paul Ecole作詞/Calo作曲、Barbara Praviとのデュオ)、「Quand elle rentrera/彼女が戻ってきたら」(Barbara Pravi作詞/Calo作曲)、「Plus ta voix/もうあなたの声が聞こえない」(Carra Bruni作詞/Calo作曲)、「Comme avant/以前のように」(Marie Bastide作詞/Calo作曲)など

  「L’avenir」 https://www.youtube.com/watch?v=KApLrZbIycY

 

2.「Savoir aimer」について

Florent Pagnyは生活の居をパートナーの出身地である南米Patagonie/パタゴニアに移した。1997年2月VdMに出演するためParisに戻ったPagnyは次のアルバムでは自身は歌手に徹しようと、多くの作詞作曲者たちに曲の提供を依頼した。前年「Lucie/ルシー」を大ヒットさせ人気上昇中のPascal Obispo(1965-ACI)もその一人であった。Pagnyの歌唱力を高く評価していたObispoは直ちにPagnyの要請に応えた。そして1995年から詩の提供を受けていた作詞家Lionel Florence(1958―作詞家、カメラマン、画家、「Lucie」の作詞者)に協力を依頼。Florenceは数日後「Savoir」とタイトルを付けた詩を送ってきた。早速曲を付けたObispoはルフラン部分によりインパクトがほしいとFlorenceに電話。そして自身で作曲したルフラン部分でラララと口ずさみながら詩を付けるように要求。曲が出来上がった。Obispoはタイトルを「Savoir aimer」とすることを提案、Florenceには異存はなかった。Obispoはこの曲を含めいくつかの曲をPagnyに提示、Pagnyは直ちに「Savoir aimer」を選んだ。そしてObispoFlorenceコンビによる「Chanter/歌う」も。

Savoir aimer」と「Chanter」は、Dors/お休み」(Erick Bebzi作詞/作曲)、「Loin de toi/君から遠く」(Jacques Veneruso作詞/作曲)、「Mourir les yeux ouerts/目を開いたまま死ぬ」(Didier Golemanas作詞/Pascal Obispo作曲)、「Une place pour moi/僕のための一つの場所」(Jean-Jacques Goldman作詞/Kapler他作曲)、「Combien ça va/それはいかほど」(Zazie作詞/作曲)、またPagnyが新しく居を構えたアルゼンチンの民謡「Solo le pido a Dios」などと共に、全11曲、1997年11月7日リリースされたPagnyの4枚目のアルバム『Savoir aimer』に収録された。アルバムのジャケットにはパートナーAzucenaの作品が使用された。

Florent Pagny|Savoir Aimer

リリースと同時にアルバムは大好評で180万枚の売り上げでPagnyの最初のdisque de diamantになり、今日までPagnyの最も売れたアルバムになっている。Pagnyのアルバムではその後2003年の『Ailleurs land』、2013年の『Vieillir avec toi』もdisque de diamantになっている。

楽曲「Savoir aimer」も好評で1989年ラジオから最も頻繁に流された曲になり、Pagnyの代表曲であるばかりではなく、2012年には「過去20年を代表する曲」と評価されている(2012年に刊行されたFlammarion社の「1000chansons françaises」で)。

1998年2月20日ParisOlympiaで行われて第13回VdMではPagnyは男性歌手賞に、「Savoir aimer」は「Chanson de l’année/今年のシャンソン」賞に、Sylvain Bergèreの製作になる「Savoir aimerofficiel clipVidéo-clip賞にノミネートされた。男性歌手賞及びVidéo-clip賞を受賞したが、「Chanson de l’année」賞は受賞を逃した(受賞したのはNoir Désirの「Lhomme presseé)。

Savoir aimerofficiel clip https://www.youtube.com/watch?v=g-gh2hIRhkc

(ここでPagnyは手話による歌詞の翻訳ではなく、歌詞の内容を手話によって説明しているよう。映像の最後にパートナーのAzucenaと1996年生まれの長男Incaの姿が見える)

Savoir aimer」の他の映像

Pagnyは多くの機会にこの曲を歌っている。またTV番組などでは多くの歌手がカバーしている。

Pagny 2003年TVTF1でhttps://www.youtube.com/watch?v=9sdRDRYcKrg

Pagny 2014年TVFrance 2Grand showhttps://www.youtube.com/watch?v=QD3R9qxJV_Y

PagnySouad Massi アルバム「2」でhttps://www.youtube.com/watch?v=n2n8ovy4EoE

Pascal Obispo  https://www.youtube.com/watch?v=V005jc9xIDE

Anggun & Patrick Fiori  https://www.youtube.com/watch?v=mynOBmV-zZ4

2011年にはLes Prêtres(聖職者3人のグループ 2010-2015活動)がアルバム Gloria』に収録

https://www.youtube.com/watch?v=w5C6-Rs3wyU

2014年にはAmandine Bourgeois(1979-歌手)がアルバム『Au masculin』に収録している

https://www.youtube.com/watch?v=jQesJYt0abs

 

今月の顔 2021年10月  Octobre 2021

 

 

カトリーヌ・ソヴァージュCatherine Sauvageは196510日、TV番組で「Paris Canaille/パリ カナイユ(邦題)巴里野郎を歌った。

 「Paris Canaille」(1953年 Leo Ferre作詞作曲

  1965年10月7日https://www.youtube.com/watch?v=sbkCR6e3Rek

 canaille(仏和辞書によれば):悪党、ごろつき、悪戯っ子、不良、げすな奴・・・

歌詞の大意:

・・Parisは女の子の目をしたヒモ男。顔つきはペテン師。着ているものはボロ着。アコーデオンは騒々しくがなり立てるけど、実入りはわずか。だけどそれは素晴らしい。Paris、お前のジゴロたちはメトロのバスティーユ駅の下でお前を裸にして、お前のペティコートに陶酔しようとするけど、そんなことをすれば大騒ぎ。だけどそれは素晴らしい。Lilasの小枝たち、Pantinの花たちは通りで客引きをする。娼婦たちの稼ぎは立派で、年中やっていれば金持ちになる。それは素晴らしい。Dédé-la-Croix(デデ=ラ=クロワ、十字架のデデ)とBebert d’Anvers(ベベール・ダンヴェール、アントワープのベベール)は警察の目を逃れて何ヶ月も田舎に隠れ住んでいる。それをいいことにその奥方たちは不倫に走る。それは素晴らしい。 Parisは器用な手先を持った悪ガキ、警察に友だちはいない、ネオンのようなブラウスでは大人しくしてはいられない。だけどそれは素晴らしい。新聞では手練れと言われている拳銃強盗、シトロエンでやって来て、その場で乾いた銃声一発、金を並べろ、さもないとひどい目に遭うぞ。

 1枚、2枚、5フラン硬貨を3枚で見てやろう、お前の最終章がよく見える、刑務所暮らしだ。 だけどそれは素晴らしい。お前は最低の、大したことない、見かけ倒しのギャング、標的を射抜くには上手なならなきゃ、この次は多分うまく行くだろう。  <パリは奪って行く、銀行口座から金を、情け容赦なく、手際よく、見事に、必要な時には必要なことをしなければと。だけど素晴らしい。正体不明の株式会社、評判の良い代議士、つるしの服を着ているモデル、そんなのに敬意を表す必要ない。だけど素晴らしい。 早く金を払いなよ、ほら金ぴかだよ、少しはまけとくよ、旦那、不渡り手形でも、それで我慢しなくては。それでも素晴らしい。ちょっとSaint Honoré通りでプティ・フール(一口ケーキ)を三つ買ってサプライズパーティーに出掛けよう、みんなびっくり。だけど素晴らしい>  Parisは飲んだ。そしてほろ酔いの声で道に沿って歩きながら大声で歌う、ボロを着ていちゃ希望はないが歩道だけはある。だけどそれは素晴らしい。お前の町の浮浪者たち言い争いをするが、お前の橋の下にはセーヌ川が流れている。幻想を抱かせるようなロマンスなら五万とある、それは素晴らしい。場末にははぐれた少女たち、舗装された草原には恋が芽生える、家の中にも恋は芽生える、人は間違いを犯した。でもそれは素晴らしい。 うつろな目で川を眺めていると、道路が船のように見える、船は縦に揺れて3等船室では苦労する。だけど素晴らしい。Parisは楽隊のジャンカ、ジャンカでお祭り気分、お前の詩人たちには数百万サンチームを、私のシャンソンには数サンチームを、それで平仄が合うというもの、それは素晴らしい・・

 (注)この映像ではSauvageは< >の部分を歌っていない。

 

1.Cathrine Sauvageの略歴

Catherine Sauvage、本名Jeanine Marcelle Saunier、は1929年5月26日Nancy生まれ、1998年3月19日Parisの東方郊外Bry-sur-Marneで死去した歌手、俳優。1947年9月Parisに上り、Jean-Louis Barraultの許で演劇を学ぶ。仲間内のパーティーの際cabaretBœuf sur le toit」のオーナーMoysesの前で披露した歌と詩の朗読が好評で、翌日から同cabaretに出演、「Grand-papa laboureur/百姓のお祖父さん」(Jean Broussole作詞/André Popp作曲)などをレパートリーに。その後「Quod-libet」、「L’Arlequin」、「L’Ecluse」に出演。1949年「Aux Trois Mailletz」に出演の際Léo FerréMonaco1916-Ilalie1993、ACI、詩人)と知り合う。1953年から54年にかけてJacques CanetticabaretTrois Baudets」に出演。

・1953年「Paris Canaille」収録のSPリリース。

・1954年リリースしたSPに収録されていた「L’homme/男」(Léo Ferré作詞/作曲)でACC大賞を受賞。「L’homme」1979年4月6日https://www.youtube.com/watch?v=67le00V3WuI

・1954年最初のLPCatherine Sauvage chante ses derniers succés/カトリーヌ・ソヴァージュ、自身の最新のヒットを歌う』をリリース。これには8曲収録。「Grand-papa laboureur」、「Complainte des femmes infidèles/不実女の嘆き」などのほかFerréの作詞/作曲になる「Paris Canaille」、「L’Ile Saint-Louis/サン・ルイ島」、「Monsieur William」の3曲を収録。

・1954年LPCatherine Sauvage chante Léo Ferré/カトリーヌ・ソヴァージュ、レオ・フェレを歌う』リリース、これには「L’homme」、「Le Piano du pauvre/貧乏人のピアノ」など8曲を収録

・1954年Canettiの推薦でOlympiavedetteとして出演(54年12月16日から55年1月5日まで)

・1956年公開Pierre Gaspard-Huit監督映画「Paris coquin/(邦題)巴里野郎」に歌手役で特別出演、アコーデオンとギターをバックに「Paris Canaille」を歌う。この映画には谷洋子も出演している。

・1960年Bobino出演して好評で人気を確実なものに

・1961年Léo Ferréの曲を歌ったLPを2枚リリース。『Catherine Sauvage chante Léo Ferré volum 1』には「Jolie môme/ジョリ モーム」、「Le temps du tango/タンゴの時代」、「Paname/パナム」、「Pauvre Rutebeuf/哀れなリュトブフ」などが10曲収録。『Catherine Sauvage chante Léo Ferré volum 2』には「Paris Canaille」、「Le piano du pauvre/貧乏人のピアノ」、「Nous les filles/私たち少女」、「Les amoureux du Havre/ル アーヴルの恋人たち」など10曲収録

  「Le temps du tango」 https://www.youtube.com/watch?v=ys1BbF4sYB8

・1961年LPCatherine Sauvage chante Louis Aragon/カトリーヌ・ソヴァージュ、ルイ・アラゴンを歌う」をリリース。これにはLouis Aragon(1897-1982 詩人)の詩にFerréが曲を付けた「Est-ce ainsi que les hommes vivent/男の生き方」、「L’affiche rouge/赤いポスター」、「Je chante pour passer le temps/時を過ごすために歌う」、Georges Brassensが曲を付けた「Il n’y a pas d’amour heureux/幸せな愛はない」、Jean Ferratが曲を付けた「J’entends, j’entends/聞こえる、聞こえる」など12曲収録

  Est-ce ainsi que les hommes vivent」 https://www.youtube.com/watch?v=8f3cfW9qie

  「Il n’y a pas d’amour heureux」 https://www.youtube.com/watch?v=ICsH-yp1lcE

1962PCatherine Sauvage chante Serge Gainsbourgカトリーヌ・ソヴァージュ、セルジュ・ゲンズブールを歌う』には「Black trombone」、「Les oémons海藻」など曲を収録

1964LPCatherine Sauvage chante Kurt Weill/カトリーヌ・ソヴァージュ、クルト・ヴァイルを歌う』には「La complainte de Mackie匕首マッキー」、「La chanson de Barbaraバルバラの歌」、「Bilbao song」、「Surabaya Johnny」、「Alabama song」、「La fiancée du pirate海賊の許嫁」など12曲収録

  「Surabaya Johnny」 https://www.youtube.com/watch?v=WfmNL-uPCF8

フランスにおけるロックミュージック隆盛時には一時活動の中心を演劇に。Sauvageはすでに1954年からBrecht劇に出演していて演劇女優としても高い評価を得ていた。

・1968年Bobinoに出演。LiveLe BonheurCatherive Sauvage á Bobino1968』:「C’est un air/一つのメロディー」、「Le bonheur/幸福」、「Avec/共に」、「L’êcharpe/スカーフ」など13曲収録

  「L’êcharpeMaurice Fanon作詞作曲 https://www.youtube.com/watch?v=BKBCYgwh-g4

・1970年大阪万博の際来日。

・1971年LPAvec le temps/時の流れに』:「Avec le temps」、「Tzigane/ジプシー」など12曲収録

  「Avec le tempsFerréFerré https://www.youtube.com/watch?v=Jh36-BMEvQI

1973LPJ’ai tout vu, tout connu私はすべてを見て、すべてを知った』J’ai tout vu, tout connu」、「Je n’ai pas souvenance私は覚えていない」など13曲収録

1979Petit Théâtre de Parisでコンサート「25 Ans de chanson de Léo Ferré/レオ・フェレを歌って

25年」。「Sur la scène舞台の上で」、「Comme à Ostende/オスタンドでのように」、「L’Age d’or/黄金時代」、「L’homme」、「Le temps du tango 」、「Avec le temps」、「Paris Canaille」、「Vingt ans/20歳」などを歌う

  Sur la scène1980年 https://www.youtube.com/watch?v=I6JZhqLx4Hg

・1982年7月来日公演、草月ホールでのステージの模様は1983年リリースのliveLPRécital à Tokyo/東京でのリサイタル』に収録。収録されているのは:「Jolie môme/ジョリ モーム」、「La tendresse/優しさ」、「Tzigane」、「A tous les enfants/すべての子供たちに」、「L’écharpe/スカーフ」、「Complainte de Mackie」など14曲

・1992年Colette(1873-1954 作家)の詩集「Dialogues de bêtes/動物の対話」からの詩を朗読したLPDialogues de bêtes』をリリース

・1992年生前最後のLPDémons et merveillesCatherine Sauvage chante Prévert/悪魔と奇跡。カトリーヌ・ソヴァージュ プレヴェールを歌う』をリリース。これにはJacques Prévert(1900-1977 詩人、映画作家)の詩にJoseph Cosmaらが曲を付けた、「Démons et merveilles」、「Déjeuner du matin/朝の食事」、「Quand tu dors/あなたが眠っている時」、「Et la fête continue/祭りは続く」、「Cri du cœur/心の叫び」、「Les enfants qui s’aiment/愛し合う子供たち」など27曲集録

・1994年7月Sauvageの最後のステージはFrancofolies de La Rochelle

・1998年3月19日癌のためBry-sur-Marneで死去。享年68歳。

・2019年6月28日compilationアルバム『Chansons de poètes/詩人のシャンソンたち』リリース。CD 3枚組みで82曲収録

 

2.SauvageFerréと「Paris Canaille」について

Sauvage1949年「Aux Trois Mailletz」(Quartier latin、 56, rue Galande 5区)に出演の際、一緒に出演していたLéo Ferré(1916-1993 ACI)と知り合い、Ferréに提供された曲をレパートリーにした。SauvageFerréの曲を紹介しFerréが世に出るとことを助けると共に、Ferréの曲を歌うことによって自身も人気歌手に。

Ferréは「Grande Catherine/偉大なカトリーヌは私のシャンソン信念を持って歌ってくれた。私は彼女が歌ってくれのが一番好きだ。彼女は私の曲を100曲以上録音してくれた」。

Ferréは作詞作曲した「Paris Canaille」が出来上がったとき、最初Les Frères JacquesYves MontandMouloudjiに持って行った。いずれも拒否された。Frères Jacquesは「言葉が多すぎる」として、Montandは「Parisの悪党をテーマにした曲ならすでにレパートリーにあるので」として、(Montandはその後、1964年リリースのLPLe Paris de ・・Montand』に「Paris Canaille」を収録している)、またいつもFerréの曲に衝撃を受け歌ってくれたMouloudjiは「今回は気持ちが乗らないので」として。

そこでFerréは同じキャバレに出演していたSauvageに提案、Sauvageは当時新進気鋭のMichel Legrand(1932-2019 作曲家、ピアニスト、指揮者)のアレンジによりこの曲を録音した。そして、1953年にPhilippe社からリリースしたSauvageの最初のレコード、78回転SPに「Paris Canaille」を「La fille de Londres/ロンドンの女の子」(Pierre Marc-Orlan作詞/Victor Marceau作曲)とのカップリングで収録した。

Ferréは1953年4月10日~29日録音、10月末(又は11月初め)リリースのファーストLPLéo Ferré』に「Monsieur William」、「Le Pont Mirabeau」などと共にB面最後の曲として収録。

Paris Canaille」 Léo Ferré https://www.youtube.com/watch?v=o1dFMhZ7I-c

Paris Canaille」はSauvageヴァージョンとFerréヴァいジョンとが相俟ってFerré作詞/作曲の最初のヒット曲になり、当時のFerréの窮乏を救ったと言われている。

なお、俗語を使った歌詞は公序良俗に反するとされたためか1953年4月から5月にかけて3週間ほど放送禁止処分を受けたようだ。

Paris Canaille」はFerreSauvageの他多くの歌手が歌っている。その中には:Renée Lebas(1917-2009 歌手)、Juliette Gréco(1927-2020 歌手、俳優)、Yves Montand(1921-1991 歌手、俳優)、Isabelle Aubret(1938-歌手)、Zaz(1980- ACI)がいる。

  Renée Lebas https://www.youtube.com/watch?v=JGTPIyJ8-e0 

Yves Montand https://www.youtube.com/watch?v=cQucZZWNrVk

Juliette Gréco https://www.youtube.com/watch?v=L96166SFh_o

  Isabelle Aubret https://www.youtube.com/watch?v=L5c_vEnhdaE
  Zaz https://www.youtube.com/watch?v=kAym1CHqRpY


 

今月の顔 2021年9月 septembre 2021

ジェーン・バーキンJane Birkin

 

Jane Birkinは1998年9月14日、全曲Serge Gainsbourgの作詞/作曲以外の曲で構成されたアルバム『A la légère/軽く:(日本で発売されたCDのタイトル)ラヴ・スロウ・モーション』をリリースした。

 

Les clés du paradis/天国の鍵束」(1998年 Jacques Duvall作詞/Alain Chamfort J-N Chaleat作曲)  アルバム『A la légère』から https://www.youtube.com/watch?v=yRteJcGUANk

歌詞の大意:

・・私は天国の鍵束を持っている、一度も勝負事に勝ったことのない私が。少しさび付いている鍵束を道端で見つけた。あり得ない話だと解ってはいるけれど、道に転がっていたのでポケットに入れた。誰も私を責められない。私はとびきり運が良いという女じゃないけど、私は天国の鍵束を持っている。それで元気いっぱい。 でも困っているのはそれを使って開ける天国の扉が見つからないこと。360億個の錠を開けるなんて、やる甲斐があるかしら。そんなこと望みなし、ぎっくり腰になるのがせいぜい。 せっかくの品をうまく使えない。 私には私と同じくらいのだめ人間の彼がいて時々一緒に出かけるの。彼は一緒に住みたいらしいけど、私は言ってやる「出ていって」と。 私は、特に優しい女というわけじゃないけど、彼にあげる、天国の鍵束を。冗談じゃないの、誓って言うわ、そう天国の鍵束・・

 

1.Jane Birkinの略歴

1946年12月14日イギリス、ロンドン生まれの俳優、歌手、作詞も行う。イギリスで1963年(17歳)戯曲に出演、18歳から数本の映画に出演。1966年映画音楽作曲家John Barryと結婚。1967年4月女児Kate Barry誕生(―2013.12)。1968年離婚

・1968年フランスに

・1969年7月フランスで公開されたPierre Grimblat監督の映画「Slogan/スローガン」に出演。主役のSerge GainsbourgParis1928年4月2日-Paris1991年3月2日 ACI、俳優、作家、脚本家、演出家、画家)と知り合い、1969年~80年9月の間パートナーに。1971年7月女児Chalotte Gainsbourg誕生。

・1969年2月アルバム『Jane Birkin-Serge Gainsbourg/ジェーン&セルジュ』(Gainsbourgの2枚目のアルバムで、Birkinのファーストアルバムとする資料もある。11曲収録。そのうち、BirkinGainsbourgとのデュオまたはソロで次の6曲歌っている):「Je t’aime, moi non plus/ジュ テーム モワ ノン プリュ」(デュオで)、「69 Année érotique/69年はエロティックな年」(デュオで)、「Jane B」(ソロ、原曲はFrederic Chopinの前奏曲第4番)、「Le canari sur le balcon/バルコニーのカナリア」(ソロ)、「La chanson de slogan/スローガンのシャンソン」(デュオで)、「Orang-Outan/オランウータン」(ソロ)

  「Je t’aime, moi non plus」 https://www.youtube.com/watch?v=TtMSthd6EDM

 

・1971年5月日本公開Pierre Koralnik監督映画「Cannabis/(邦題)ガラスの墓標」プロモーションのためSerge Gainsbourgと初来日

・1973年「Di Doo Dah/ディ・ドウ・ダ」https://www.youtube.com/watch?v=zaxxDh5rNPo

・1978年「Ex Fan des sixties/思い出のロックン・ローラー」、「Aquoiboniste/無造作紳士」、「Ballade de Johnny Jane/ジョニー・ジェーンのバラード」

  「Aquoiboiste」 https://www.youtube.com/watch?v=yLQE7Tfs5HY

・1980年映画監督Jacques Doillonと出会い、81年-93年パートナー。1982年9月女児Lou Doillon誕生

・1983年10月リリースのアルバム『Baby Alone in Babylone/バビロンの妖精』がACC大賞授賞。「Baby Alone in Babylone」(原曲はJohannes Brahmsの交響曲第3楽章)、「Les dessous chics/シックな下着」、「Fuir le bonheur de peur qu’il ne se sauve/幸福が逃げるのを恐れて幸福を避ける」  「Fuir le bonheur de peur qu’il ne se sauve」 https://www.youtube.com/watch?v=Ll6ribfGJVA

・1987年3月Bataclanに出演、初ライヴ。「Avec le temps/時の流れに」を歌う

  「Avec le temps」 https://www.youtube.com/watch?v=P782WRy6M84

・1989年2月公演のため初来日。その後都合10数回来日公演

・1990年「Amours des feintes/いつわりの愛」

・1991年5月13日から6月1日までCasino de Parisで「Serge Gainsbourg追悼コンサート」

・1992年2月VdM女性歌手賞受賞

・1996年2月アルバム『Version Jane/ジェーン ヴァージョン』(Gainsbourgの作曲による過去のヒット曲をJean-Claude Vannierらの新しいアレンジで):「La gadoueぬかるみ」、「Elisaエリザ」、「Couleur caféコーヒー色」、「Comment te dire adieuさよならを教えて」など15曲収録

  「Comment te dire adieu」 Françoise Hardyhttps://www.youtube.com/watch?v=0xJwTV7jzwU

199610Olympiaに出演。1997liveアルバム『Intégrale Olympia26曲収録

1998月アルバム『A la legère

・1999年「無造作紳士」が日本のTVTBSのドラマ「美しい人」の主題歌に使用される

・2001年イギリスのMost Exellent Order of the British Empire/大英帝国勲章、officer章受章

・2002年11月liveアルバム『Arabesque/アラベスク』(2002年3月Odéonでの公演。Gainsbourgの作品をアルジェリア人ヴァイオリニストDjamel Benyellesのアレンジでアラビア風に):「Elisa」、「Couleur café」、「Amours des feintes」、「Baby alone in Bablone」など16曲収録

   「Baby alone in Babylone」 https://www.youtube.com/watch?v=QJUyEgCEk84

・2004年3月アルバム『Rendez-vous/ランデ・ヴー』(世界中の著名なACIなどに提供された曲をデュオで):「Je m’appelle Jane/私の名はジェーン」(Mickey 3Dと)、「T’as pas le droit d’avoir moins mal que moi/私より苦しまないなんて許さない」(Alain Chamfortと)、「Palais royal/パレロワイヤル」(Alain Souchonと)、「Canary canary」(Yosui Inoueと)、「La grippe/インフルエンザ」(Etienne Dahoと)、「Surannée/時代遅れの女」(Françoise Hardyと)など15曲収録

   「Canary canaryhttps://www.youtube.com/watch?v=7uI-zoQsrIs

・2006年3月アルバム『Fictions/フィクションズ』(英仏の若いACIから提供された曲を中心に、英仏語で歌う):「Home」、「My secret」、「Où est la ville?/町はどこに」、「Sans toi/あなたなしで」、「Les reine sans royame/王国のない女王たち」など12曲収録

・2008年11月アルバム『Enfants d’hiver/冬の子供たち』(作詞はすべてBirkin自身):Prends cette main/この手を取って」(Phil Barton作曲)、「Enfants d'hiver」(Hawksiery Workman作曲)、「Pourquoi/なぜ」(Alain Lanty作曲)、「Aung San Suu Kyi/アウン サン スー チー」(歌詞は英語。「私の告発を世界中に知ってもらうため詩は英語で書いた」Franck Euolry作曲)、「Il fait nuit/夜になった」(Pascal Rodde作曲)など12曲収録

  「Enfants d’hiverhttps://www.youtube.com/watch?v=B_r4tQxt9FM

・2011年東日本大震災の後来日、復興支援チャリティーコンサート「Together for Japan」4月6日渋谷クラブクアトロで。中島ノブユキ(1969-ピアニスト・作曲家・アレンジャー)がバックバンドのリーダー

2011年10月から2013年7月(体調不良、映画撮影などのため中断があったが)まで世界ツアー「Jean Birkin sings Serge Gainsbourh via Japan」。バックは中島ノブユキをリーダーとする4人の日本人ミューィシャン(金子飛鳥、坂口修一郎、栗原努)。この間27カ国、74都市で公演。日本公演は2011年11月25日及び2013年3月28日

・2015年フランスのOrdre national du Mérite/国家功労勲章のofficier章受章

・2017年4月アルバム『BirkinGainsbourg: le symphonique』(Gainsbourgの曲を中島ノブユキのアレンジにより、L’Orchestre symphonique de la radio polonaiseをバックにワルシャワで録音した21曲収録):Baby alone in Babylone」、「L’Aquoiboniste」、「Ces petits riensこれらの些細なこと」、「Fuir de bonheur de peur qu’il ne se sauve」、「Requuiem pour un con愚か者のためのレクイエム」、「La chanson de Prévert枯葉に寄せて」、「La gadoue」、「L’anamour」、「Lost Song」、「Dépression au-dessus du jardin公園を通りすぎる憂鬱」、「La Javanaiseラ ジャヴァネーズ」、「Pull marineマリンブルーのセーター」など

  「La javanaise」 https://www.youtube.com/watch?v=M0T0PpyzcEA

・2016年10月26日Troyesから2018年2月1日NY Cawnegie HallStern Auditoriumまで世界ツアーGainsboug symphonique」。201719日東京公演

・2018年日本政府から旭日小綬章を授与される

・2020年12月アルバムOh ! Pardon tu dormais/おー、失礼、お休み中でしたか(14枚目のスタジオ録音アルバムとの報道がある。作詞はBirkin自身、Etienne Daho<1955-ACIの協力を得たものもある、作曲はEtienne Daho及びJean-Louis Pierot<1965- 作曲家、アレンジャー、ディレクター>):Oh! Pardon tu dormais」(Dahoとのデュオ)、「Ces murs épais/これらの厚い壁」、「Cigarettes/タバコ」、「Les jeux interdits/禁じられた遊び」、「A marée haute/高潮で」、「Pas d’accord/不同意」、「Catch me if you can」など13曲収録。「Ces murs épais」、「Cigarettes」及び「Catch me if you  can」の3曲は長女Kate Barryの追憶。Kate Barryは1967年生まれの写真家。父親はJaneが1965年に結婚し68年に離婚した映画音楽の作曲家John BarryKateは2013年12月自宅のあった Paris16区のアパートの5階から転落死した。「Les jeux interdis」はKateCharlotte姉妹をテーマにしている。

Les jeux interdis」2020年 https://www.youtube.com/watch?v=oUwhEHRhdO0

・2021年2月第36回VdMで特別賞受賞

 

2.アルバム『A la légère』について

Birkin1991Casino de Parisで「Serge Gainsbourg追悼コンサート」を行ってから年間は音楽活動を行っていなかった。しかし1996年2月Serge Gainsbourgの作曲による過去のヒット曲でBirkinのレパートリーにはなかった15曲をJean-Claude Vannierらの新しいアレンジ歌ったアルバム『Version Jane/ジェーン ヴァージョン』をリリースして、Gainsbourgにオマージュを送った。それから2年、Gainsbourgの没後7年に当たる1998年Birkinは、それまで彼女のレコードすべてのプロデューサーであったPhilippe Lerichomme宅を訪問、尋ねた「Sergeがいない今、私は歌手としてやっていけるだろうか」。それを聞いたLerichomme夫人は夫に「この問いは、『歌手としてやっていくために協力してほしい』と言うことよ」。Lerichommeは答えた「やってみましょう。任せて下さい」。Lerichommeの求めに応じて、当時既に定評のあったACIAlain ChamfortAlain SouchonFrançoise HardyLaurent VoulzyMarc LavoineGérard Mansetら)、あるいは当時の新進気鋭のACIMiossecZazieMC Solaarら)が曲を提供。そして9月14日、収録されている12曲すべてがGainsbourg以外の者の作詞、作曲による初めてのアルバム『A la légère』がリリースされた。このアルバムについては「Elle vole seule/彼女は一人で飛ぶ立つ」、「La deuxième vie de Jane Birkin commence sans GainsbourgGainsbourgのいないJane Birkinの第2の人生が始まる」、「Jane a tourné une pageJaneはページをめくった」などと形容された。しかし、「これらの作詞/作曲家が集まってもGaibsbourg一人に対抗することは出来なかった」との評もあった。

  

アルバムに収録されている12曲は:

・「Les clés du paradis/天国の鍵束」(Jacques Duvall作詞/Alain Chamfort J-N Chaleat作曲)

・「Les avalanches/雪崩」(Miossec作詞/Richard Mortier作曲)、

・「A la légère/軽く」(Alain Souchon作詞/Laurent Voulzy作曲)

  「これをアルバムのタイトルにした。 この曲は一種の願い。私は人生のごく些細な問題についても、愛や性についても深刻に考えて、悩んでしまう。Alainはもっと軽く考えた方がよいと言ってくれた。ファンも私は微笑んでいる方が好きだろう。」

  clip officiel https://www.youtube.com/watch?v=qeQHG4BVdLw

・「Plus loin de ta rue/あなたの街から一番遠く」(Nilda Fernandez作詞/作曲)

・「Trouble/心の動揺」(Daria de Martynoffe作詞/Michel Cywie作曲)

・「La bulle/泡」(Patrice Guirao作詞/Art Mengo作曲)、

・「Love slow mortion」(MC Solar/作詞Zackman作曲。ルフランでLove slow mortionと歌っている以外歌詞はフランス語) https://www.youtube.com/watch?v=QeRu4k5233g

・「Si tout était faux/もしすべて間違いだったら」(Gérard Manset/作詞/作曲)

・「L’autre moi/別の私」(Etienne Daho作詞/作曲)

・「La pleine lune/満月」(Françoise Hardy作詞/Alain Lubrano作曲)

・「Simple en français/フランス語ではサンプル」(Marc Lavoine作詞/Alain Lanty作曲)

・「C’est comme ça/それはそういうこと」(Zazie作詞/作曲)

  https://www.youtube.com/watch?v=GvPOwF8qXWA

 

 

今月の顔 2021年8月 août 2021

Charlotte Gainsourg シャルロット・ゲンズブール

 

Charlotte Gainsourgは2006年8月28日、20年振りとなる2枚目のアルバム「5:55」をリリースした。

 「The songs that we sing」(アルバム「5:55」から)https://www.youtube.com/watch?v=7mfcjK60MYE

 

1.Charlotte Gainsourgの略歴

Charlotte Gainsourgは1971年Londres生まれの俳優、歌手。父親はSerge Gainsbourg(1926-1991 ACI、俳優、脚本家、映画監督、作家、画家)、母親はJane Birkin(1946-俳優、歌手)。Charlotteは、俳優として約60本の映画に出演、歌手として5枚のアルバムをリリースしている。

・1984年10月2日にリリースされたSerge Gainsbourgのアルバム「Love on the beat」に収録された「Lemon incest」をSergeとデュオで歌い歌手デビュー。「Lemon incest」はFrédéric Chopinの「Etude op.10 №3/練習曲作品10 第3番」(日本では『別れの曲』として知られている)にSerge Gainsbourgが詩を付けたもの https://www.youtube.com/watch?v=khy_0BTIdmg

・1984年12月公開Elie Chouraqui監督映画「Paroles et musique/(邦題)残火」にCatherine Deneuveの娘Charlotte役で出演し、映画俳優としてデビュー

・1985年12月公開Claude Miller監督映画「L’effrotée/(邦題)生意気シャルロット」に主役のCharlotte Castang役で出演。1986年César賞の女優新人賞受章

・1986年12月ファーストアルバム「Charlotte for Ever/(邦題)魅少女シャルロット」リリース。Serge Gainsbourgのプロデュースによるこのアルバムに収録されているのは:「Charlotte For Ever/(邦題)シャルロット・フォー・エヴァー」(Serge Gainsbourgとのデュオ)、「Ouvertures Eclair/(邦題)ファスナー」、「Oh Daddy Oh/(邦題)ダディー!SOS」、「Don’t forget to Forget Me/(邦題)わすれて・・ほしい」、「Plus doux avec moi/(邦題)もっとやさしく」(Serge Gainsbourgとのデュオ)、「Pour ce que tu n’étais pas/(邦題)あなたのために」、「Elastique/(邦題)エラスティック」、「Zéro pointe vers l’infini/(邦題)落第点」、「Lemon invest」の9曲

  「Charlotte For Everhttps://www.youtube.com/watch?v=feG4z6IMNfk

・1994年「Les enfoirés」に出演。2001年にも出演

・1999年11月公開Danièle Thompson監督映画「La bûche/(邦題)ブッシュ・ド・ノエル」のMilla役で出演。2000年César賞助演女優賞受賞

・2003年リリースのEtienne Daho(1956-ACI)のアルバム「Réévolution/再革命」では「If」(Etienne Daho作詞/作曲、歌詞は各行の初めに「if」と歌う以外はフランス語)をデュオで歌っている   

Ifclip officiel https://www.youtube.com/watch?v=Aqz79ticDfM

・2006年8月2枚目のアルバム「5:55」をリリース

・2009年7月3枚目のアルバム「IRMMRI」(2007年ジェットスキーで大怪我、頭部に損傷。「MRI検査を受けた際、何か音楽的なものを感じた」。アメリカのミュージシャンBeckのプロデュースによる):「Master’s hands」、「IRM」、「Le chat du café des artistes/アーティストカフェの猫」(フルコーラスフランス語)、「Heaven can wait」、「Vanities」、「Time of the assassins」、「Trick pony」、「Greenwich mean time」、「Dadelion」、「Voyage/旅」(歌詞の1部はフランス語)、「La collectionneuse/女性のコレクター」(歌詞の1部はフランス語)など13曲収録

IRM」 https://www.youtube.com/watch?v=ekRsbzxeKHs

Hean can waithttps://www.youtube.com/watch?v=J9-5-Rec4Ns

・2009年5月フランス公開Lars von Trier監督「Antichrist/アンチクライスト」の「Elle/彼女」役で、Festival de Cannesで主演女優賞受賞

・2010年4月18日から初のアメリカツアー、その後初の国内、ヨーロッパツアー

・2010年10月日本初公演 10月24日東京国際フォーラム、10月26日大阪IMPホール

  来日時のインタビュー https://www.youtube.com/watch?v=0CSb5PmRNeQ

・2011年12月4枚目の「Stage Whisper」(CD2枚組み、CD1には新曲8曲、CD2には旧作のlive version 11曲収録):CD1:・・「Terrible angels」、「Paradisco」、「All the rain」、「White telephone」、「Got to let go」、「Out of toch」など。CD2・・「IRM」、「Jamais」などのlive version

・2017年11月5枚目のアルバム「Rest」:「Ring-a-ring O’roses」、「Kate」(異父姉Kate Barry<1967-2013、写真家、自宅の5階から転落死した>へのオマージュ、フルコーラスフランス語)、「Deadly Valentine」、「Rest」、「Sylvia says」、「Songbird in a cage」(作曲はPaul McCartny)、「Dans vos airs/あなたの態度の中に」(フルコーラスフランス語)、「Les crocodiles/ワニ」(フルコーラスフランス語)、「Les Oxalis」など11曲

  「Kate」 2018年7月 https://www.youtube.com/watch?v=xxWsgfYoJJU

・2018年2月9日VdMで女性歌手賞受賞

  「Ring-a-ring O’roses」(2018年VdMで)https://www.youtube.com/watch?v=6P3Jxjp5krM

  (ルフランの部分はイギリスのマザーグース「Ring-a-ring O’roses」からで英語で歌っている、クープレの部分はフランス語)

・2018年日本公演 4月9日東京EX Theater Roppongi 4月10日大阪IMPホール

・2021年7月Charlotte初の監督映画、ドキュメンタリー「Jane par Charlotte/シャルロットによるジェーン(・バーキン)」」が2021年第74回Festival de Cannesで特別上映される

      

      Charlotte Gainsvourgと Jane Birkin (2021年Festival de Cannesで)

 

2.アルバム「5:50」について

Charlotteがスタジオに足を運び、歌うことの歓びを再び見出すためには20年の歳月が必要だったのだろうか。もちろんこの間Charlotteの声に魅惑されたミュージシャンが彼女を引っ張り出している。例えばEtienne Dahoは2003年アルバム「Réévolution/再革命」で「If」をデユオで歌っている。また1994年には「Les enfoirés」に出演し、SergeBirkinに書いた「Di da dou」などを歌った。ただ、歌手として本格的な活動を行うには、彼女の不安、ためらいの気持ちの方が勝っていたよう。しかし、2005年ころから歌いたいという気持ちが大きくなり、時機が到来したとスタッフを集めた。フランスのデユオのAirのメンバーJean-Benoit DuncketNicolas Godinが曲を提供、イギリスのポップス界の先鋭作詞家の一人Jasrvis Cockerなどが詩を提供。David Campbell指揮の下、ロンドンとロスで録音。Godinの言葉によれば「Charlotteの声は女性的であると同時に、男性的、表現力の豊かさは信じられないほど。音に時空を越えた表情を与える」ような11曲が完成した。11曲は:

「5:55」(不眠症者がテーマ。歌い出しの「A cinq heures cinquante-cinq/5時55分に」以外歌詞は英語)、「AF607105」、「The operation」、「Tel que tu es/あなたはそんな風」、「The songs that we sing」(2009年1月30日アメリカなどで公開された映画「The Uninvited」の中で使用されている主題歌として使われた。この映画はフランスでは2009年6月10日「Les intrus」のタイトルで公開された)、「Beauty Mark」、「Little monsters」、「Jamais/決して」「Night-time Intermission」、「Everything I cannot see」、「Morning song」など。「Tel que tu es」はほとんどフランス語で歌われている。他の曲は、フランス語のタイトルが付けられた「Jamais」も含め、時々フランス語が入るが、基本は英語で歌われている。

このアルバムについて、Charlotte次のように語っている・・歌おうという気持ちは徐々に湧いてきた。私が父と最初に録音したのは子供だった、だから私は父がいなければ何もできないと思っていた。父の死後歌うことはないだろうと考えていた。しかし、歌うことは楽しいことだとは感じていた。Madonnaがあるシャンソンに私の声を使いたいと言ってきて、協力した。(Madonnaの2000年のアルバム「Music」に収録された「What I feel like for a girl」の最初の部分にCharlotteの声が聞こえる)。自分の声を聞いたとき、これなら大丈夫、許しを得たような気持ちになった。父からは完全に離れ、私の声だった。出来るんだと思った。今度のアルバムは、父の世界からの脱却でもある。フランス語で歌えば父の思い出が蘇る。父を尊敬しているだけにフランス語で歌うことは出来なかった。英語で歌う方が自由さを感じた。製作には1年かかった。私が怖じ気づくのを収めるために時々休みながら。不安で一杯の時期もあった。自分の気に入る出来になるまで20回も、30回も歌った曲もある・・

アルバム「5:55」は2006年8月26日にリリースされ、9月2日の週アルバムチャート初登場1位、その後3週間2位など6週間トップ10以内を保って、50万枚以上の売り上げ。

2006年11月8日に日本でリリースされたアルバム「5:55」には「Set yourself on fire」と「Somewhere between waking & sleeping」がボーナストラックとして追加収録されている。

  「5:55」https://www.youtube.com/watch?v=YphYOAEooSc

  「Tel que tu eshttps://www.youtube.com/watch?v=juUDSqtVxwk

 

今月の顔 2021年7月 Juillet 2021年

 

ジェラール・ルノルマンGérard Lenorman

 

Gérard Lenormanは1976年7月、ヒット曲「Gentil dauphin triste/悲しきイルカ」をSPでリリースした。

 

Gentil dauphin triste(1976年 Pierre Delanoë作詞Gérard Lenorman作曲

 https://www.youtube.com/watch?v=UGnZdeVBbog

 

 歌詞の大意・・

 君は僕の小さな友だち、Corbeville-les-Bainsの。でも君はもう海に入ろうとはしない。あのサメが原因で、アメリカ人が君のお父さんを怖がらせようと作り出した。 僕は優しいイルカ、あれには関係ない。僕が意地悪でないことは、君はよく知っているだろう。君が仏頂面をしていると僕は一人になってしまう。僕たちの夏のヴァカンスが台無しになってしまう。 僕は優しいイルカ、僕には解らない、何故この映画に大騒ぎするのか。あの張りぼてのサメに。さあ君のボールを優しく僕に投げてよこしてよ。 君は可愛いイギリスの少女、君は断崖を歩くだけ、もう去年と同じようにする気はない、オートバイに乗るように僕の背中に乗って波の後を追いかけることは。 僕は優しいイルカ、あれには関係ない。僕が意地悪でないことは、君はよく知っているだろう。君が仏頂面をしていると僕は一人になってしまう。僕たちの夏のヴァカンスが台無しになってしまう。 僕は優しいイルカ、あれには関係ない。去年の夏君にあげたのは僕だった、潮風の愛情を、自由の味を。君は僕に言葉を教えてくれると約束した。おお!おお!おお!おお!なんて僕は悲しいんだ。おお!おお!おお!悲しい、悲しい、悲しい。 君たちは目を覚まさなければいけない、止まっていてはいけない、横に歩くカニのように、あるいは冬が来るのを待ちながら水辺に立っているペンギンのようにしていては。 僕は優しいイルカ、あれには関係ない。君たちは映画館に何を求めに行くのか、血や不幸、涙や恐怖なのか。それよりも幸せになる方法を学んだ方が良い。 僕は優しいイルカ、僕は何も怖くない、特にセンセーショナルなサメなんか。君たちの想像力は段ボール箱に押し込んしまえ。この季節を台無しにすることはない。 おお!おお!おお!おお!そうしなければ悲しいだろう。おお!おお!おお!悲しい、悲しい、悲しい。 おお!おお!おお!おお!そうしなければ悲しいだろう。おお!おお!おお!悲しい、悲しい、悲しい。

 

 

1.          Gérard Lenormanの略歴

 

Lenormanは1945年2月9日Normandie地方 CalvadosBenouville生まれのACI。子供の頃から音楽に興味を持ち、12歳で最初のシャンソン「Le vagabond/放浪者」を書いたと言われている。16歳で地方のダンスパーテイなどで歌う。1967年Parisに。1968年「Vagabond」など4曲を収めた最初のEPを出す。1969年Brigitte Bardotの知己を得て「La fille de paille/藁の少女」、「Je voudrais perdre la mémoire/記憶を失いたい」の2曲などを提供、BardotSPに収録された。

・1970年Julien Clercに次いでミュージカル「Hair」の主役に。1971年4月まで演じ、好評

・1970年Olympiaに初出演

・1971年「Il/彼 (邦題)冬の青春」がAntibesのシャンソンコンクールで金のバラ賞を受賞、これが最初のヒット

  「IGuy Jacques Skornic作詞作曲)1971年 https://www.youtube.com/watch?v=TNxQCX19ryc

    

その後1970年代には多くのヒットに恵まれ、「最もロマンティック」な歌手と言われた

・1972年LPLes matins d’hiver』:「Il」、「De toi/君について (邦題)君に歌う」、「Les matins d'hiver/冬の朝 (邦題)冬の朝に見る夢は」、「Le Petit Prince/王子様」(73年、Saint-Exupéryの「Le Petit Prince/星の王子様」の想を得たによるこの曲のヒットにより、Lenormanは「Le Petit Prince de la chanson française/シャンソンフランセーズの王子様」と呼ばれた)、「Les jours heureux/幸福な日々」など12曲収録

  「Le Petit PrinceRichard Seff作詩Daniel Seff作曲 https://www.youtube.com/watch?v=7U9AQZgyJ8w

1973年「L’enfant des cathédrals大聖堂の子供」

1974年「Quelque chose et moi何かと僕 (邦題)青春の輝き」

1975年「La ballade des gens heureux幸せな人々のバラード」Pierre Delanoë作詞Lenorman作曲。1970年代を代表する曲の一つ

La ballade des gens heureux https://www.youtube.com/watch?v=vBIT2LXUk1o

1976LPDrôles de chansons/不思議な歌Voici les clés鍵はここに 邦題幸福の鍵」、「Michèleミッシェル (邦題)哀しみのミッシェル」、「Gentil dauphin triste悲しきイルカ」など12曲収録

  「MichèleDidier Barbelivien作詞Michel Cywie作曲

https://www.youtube.com/watch?v=FqYlE7FUJjQ

1980年「Si j'étais président/もしが大統領なら」Pierre Delanoë作詞Lemornam作曲SACEMGrand Prix 受賞

  「Si j'étais présidenthttps://www.youtube.com/watch?v=zpBQ7S3D6D0

1983ParisPalais de Congrès週間の公演

その後、家庭の問題、レコード会社との悶着などにより一時活動休止

・1988年Dublinで開催された第33回Eutovisionにフランス代表で出場。「Chanteur de charme/魅力的な歌手Claude Lemesle作詞Lenorman作曲)を歌い、21人中10

・1993年LPIl y a ・・・/・・・がある』(5年振りのアルバム 11曲収録)

・1994年9月20日Casino de Parisに出演

・1998年compilationLe monde de Gérard Lenorman/ジェラール・ルノルマンの世界』(51曲収録)

・1998年11月16~18日Olympiaに出演

・2000年『La raison de l’autre /他人の理屈』(7年振りのアルバム):「La force d’aimer/愛する力」、「Si on s’aimais vraiment/本当に愛し合っていれば」など12曲収録

・2007年自伝「Je suis ne à 20 ans/僕は20歳で生まれた」刊行

・2008年4月20日Olympia出演の後、国内ツアー

・2009年6月6、7日Olympia出演の後、国内ツアー及びMorac公演

・2010年Ordre national du Mérite/国家功労勲章のchevalier勲章受章

・2011年3月28日最新アルバム『Duos de mes chansons/僕のシャンソンをデュオで』(自身のヒット曲など13曲を人気歌手とのデュオでカバー):「La ballade des gens heureux」(Zazと)、「Il」(Anggunと)、「Michèle」(Grégoireと)、「Le Petit Prince」(Roch Voisineと)、「Si j’étais président」(Chico & The Gypsiesと)、「Les matins d’hiver」(Patrick Fioriと)、「Voici les clés」(Tina Arenaと)、「De toi」(Mauraneと)など

 

  「Il Anggun(1974- 歌手と https://www.youtube.com/watch?v=mQ0oysOJ06k

 

  「La ballade des gens heureeux Zaz(1980-ACIと 

https://www.youtube.com/watch?v=wi7Yr7IFfRg

 

  「Michèle Grégoire(1979-ACIと https://www.youtube.com/watch?v=VH5Pol6wPfA

 

・2016年11月4日~2017年2月17日第10シーズンのAge tendreツアーに参加

・2022年1月23日ベルギーLiègeでのコンサートが予定されている

 

 

2.Gentil dauphin triste」について

 

 1976年1月28日フランスでSteven Spielberg監督のアメリカ映画「Des dents de la mer/海の中の歯」(「Jaws」のフランスにおけるタイトル)が公開された。Parisの映画館でこの映画を見たLenormanはその凶暴さに不満だった、それ以上に怒っていた。特に映画の冒頭部分でChrissie Watkinsがサメに殺されるシーンには衝撃を受けた。「こんな風に、安易に子供たちに恐怖心を抱かせることには反対だった」。帰宅したLenormanは眠れなかった。そして、「Gentil dauphin triste/優しいイルカは悲しい」という表現と曲が浮かんできた。 Lenormanは翌日から詩でPierre Delanoëの協力を得て「Gentil dauphin triste」を完成した。Delanoë(1918-2006 作詞家)はすでにLenormanに「L’enfant des cathédrals」、「La ballade des gens heureux」などの詩を提供していた。また1980年のDelanoë作詞/Lenorman作曲の「Si j’étais président」はSACEMGrand Prixを獲得している。

Gentil dauphin triste」は1976年7月にリリースされたSPA面に収録。B面の「On n’est jamais contant/人は決して満足しない」(Delanoë作詞/Lenorman作曲)とカップリングで。ヴァカンスの季節にも合っていて、1976年の夏、レコードは60万枚以上売り上げ、disque d’or/ゴールデンディスクを獲得した。「Gentil dauphin triste」は1976年にリリースされたLPDrôles de chansons/不思議な歌』にも、「Michele」、「Voici les clés」などと共に収録されている。2009年Lenormanは「Le Parisien」紙とのインタビューで語っている:この曲は「La ballade des gens heureeux」ほどには知られていないが、私のレパートリーの中では最も売り上げの多かったものだ。コンサートでは今でもリクエストされることがある。リクエストされれば歌うし、若者が多いコンサート会場ではこの曲を歌っている」。

Gentil dauphin triste」についてはLenorman以外の歌手が歌っていることはないよう。

なお、1977年NHKの歌番組「みんなのうた」で放送された、尾崎紀世彦が歌った「秋物語」は「Gentil dauphin triste」の曲にに山元清多が日本語の歌詞を付けたもので、その内容は原詩とは全く異なっている。

 

Gentil dauphin triste」の他の映像

1992年 https://www.youtube.com/watch?v=eJHFfZWFXUc

2017 https://www.youtube.com/watch?v=H52UBinM2Qs





今月の顔 2021年6月 

Carmen Maria Vegaカルメン・マリア・ヴェガ

 

女性ACICarmen Maria Vegaは、2010年6月21日、第1回「Prix Barbara/バルバラ賞」を受賞した。

 

Prix Barbaraは2010年がBarbara(1930.6.9-1997.11.24 ACI)の生誕80年に当たることから、当時の文化大臣Frédéric Mitterrand(2009年10月~2012年5月の間文化大臣)の提唱で創設された賞。「La longue dame brune/長身のブルネットの婦人」(Barbaraのことで、Georges Moustaki作詞/Barbara作曲でMoustakiBarbaraのデュオでヒットした「La Dame brune/ブルネットの婦人」で歌われている)の後を次ぐに相応しい才能を持つ若いACIに与えられ、活動を後押しするもの。賞金は5000ユーロ。

 

1.Carmen Maria Vegaの略歴

Carmen Maria Vegaは1984年グアテマラ生まれのACI、俳優。生後すぐにLyonのフランス人家庭の養女に。Bac取得後、Lyonで演劇を学んでいたが力強い声に注目され、音楽の道に。2005年作詞・作曲家でギタリストMax Lavegieらと結成したユニットCarmen Maria VegaLyonのカフェやホールで歌い、口コミで評判に。国内の各種フェスティヴァルに頻繁に出演、2009年Montaubanの「Alors chante!/さあ、歌え!」フェスティヴァルで審査員賞と一般大衆賞を受賞した。

・2009年1月ファーストアルバム『Carmen Maria Vega』をリリース。これには、「La menteuse/嘘つき女」、「En attendant/待ちながら」、「Hiérarchie/階級制度」など13曲収録

  「La menteuse」 2010年 https://www.youtube.com/watch?v=6Vyt_PIiMRY

・2009年6月Boris Vian(1920-1959 作家、詩人、歌手、作詞家、音楽評論家、トランペット奏者、アート・ディレクター)のヒット39曲を人気歌手が歌うへオマージュアルバムで『On n’est pas là pour se faire engueuler/怒鳴られるために人ここにあらず』には「Bourrée de complexes/コンプレックスのかたまり」で参加

2012年1月セカンドアルバム『Du chaos naissent les étoiles/カオスから星が生まれる』をリリース。これには、「La Marquise/侯爵夫人」、「On sen fout/関係ない」、「Sans rien/何もない」、「Le soldat/兵士」、「Miiaou/ニャーゴ」、「Au mariage de Christine/クリスティーヌの結婚式で」、「Invité chez moi/我が家の招待者」、「A la guerre/戦時には」、「Papa/パパ」など12曲収録

 「Papa」2012年https://www.youtube.com/watch?v=ElPOadkqv04

 

・2012年9月12日公開Beatrice Pollet監督映画「Le jour de la grenouille/蛙の日」にSarah役で出演

・2013年1月Vega自身のBoris Vianへのオマージュアルバム『Fais-moi mal, Boris/私を痛めて、ボリス』をリリース。これにはVianのヒット曲のカバー、「Fais-moi mal, Johnny/私を痛めて、ジョニー」、「Les joyeux bouchers/陽気なと殺人」、「L’âme slave/スラブ魂」など8曲収録

  「Fais-moi mal, Johhny」2013年 https://www.youtube.com/watch?v=MTRyJHDYbvY

 

・2013年10月14日リリースのNicolas Peyrac(1949-ACI)のデュオアルバム『Et nous voilà/そして我々はここに』では「Et mon père/そして父は」をデュオで歌う

  「Et mon père」2013年Peyrachttps://www.youtube.com/watch?v=dRS3TFXEbGY

 

・2014年9月18日~2015年1月18日Casino de Parisで、その後2015年4月17日~2016年1月3日Comédia à Parisで上演された ミュージカル「Mistinguett, reine des années folles/ミスタンゲット、狂乱の時代の女王」で主役のMistinguett(1875-1956)役を演じ、「Mon homme/私の男」、「Je cherche un millionnaire/百万長者を探す」、「L’homme infâame/下劣な男」、「C’est vrai/それは本当」、「Dingue des années folles/狂乱の時代のいかれた人」などを歌う

  「Mon homme」 https://www.youtube.com/watch?v=XnqB4ZPQo1Q

  「Mon hommeMistinguett  https://www.youtube.com/watch?v=BFvYjlgqh4Q

 

2016年からソロで活動

・2017年4月7日4枚目のアルバム『Santa Maria/サンタ・マリア』リリース。これには「Santa Maria」、「Amériques latines/ラテンアメリカ人」、「J’ai tout aimé de toi/私はあなたのすべてを愛した」、「Le grand secret/大きな秘密」、「L’honneur/名誉」など12曲収録

  「Santa Maria2016https://www.youtube.com/watch?v=5oDRHCK_JSI

 

201911日自伝「Le chant du bouc山羊の歌」をFlammarion社から刊行

 

Vegaは「ユーモアと皮肉に富んだ詩を、粘り強い声で、きっぱりとした口調で歌うステージで本領を発揮するエンターテイナー」、あるいは「シャンソン・フランセーズ界の風刺に溢れた、美しい旋律の小型爆弾(小柄なところからか)」と評されている。

 

2.第1回「Prix Barbara」について

 

2010年、第回「Prix Barbara」の審査には、Gérard Depardieu(俳優、1985Barbaraとミュージカル「Lily Passion」を共演Liane Foly(歌手)Marie-Paule Belle(歌手、2010年61718日パリAlhambraでコンサート「ベル、バルバラを歌う」を行ったGuesh Patti歌手Emily LoizeauACI)、Camille BazbazACIGérard Daguerreピアニストでバルバラの伴奏もつとめたRichard GallianoアコーデオニストでBarbaraの伴奏もつとめたAlexandre Tharaud(ピアニスト)Martin Penet(ジャーナリスト)の10人当たった。

授賞式は「Fête de la musique音楽の祭典」の2112時から 3,Rue ValoisParis 1区)の文化省で行われた。式にはDepardieuFolyBelleらの審査員も出席、大蔵大臣Christine Lagardeらが参列。VegaにはMitterrand文化大臣から賞状が授与された。授賞の辞で文化大臣は「Lagarde大蔵大臣もBarbara賞の創設に協力してくれたことに感謝します。 毎年この賞は2人のアーティストを顕彰することになる。BarbaraPrix Barbaraの受賞者を。 最近の2、3年シャンソン・フランセーズの専門家の間で有望な新人としてVega、あなたの名が挙がるようになった。審査員はほぼ全会一致で第1回Prix Barbaraの最初の受賞者をあなたに決めました(8人の審査員が推したとの報道あり)。 Vega、あなたは「La menteuse」で、Brad Pittと知り合いだとか、どのMitterrandかは知りませんがMitterrandのもう一人の娘だとか歌っている(1981年から1995年まで大統領であったFrançois Mitterrandには愛人との間に女児がいた。Mitterrand文化大臣は大統領の甥)。あなたが文化省に知人がいると歌い、そしてこの賞を受けたら、皆あなたの歌詞を信じてしまうかも知れませんね」。Vegaは「この受賞はユニットCarmen Maria Vegaのギタリストで、多くの曲の作詞作曲をしてくれたMax Lavergieと分かち合いたい」。式の最後に出席者たちはMarie-Paule Belleのピアノ伴奏で「Dis, quand reviendras-tu ?/いつ帰ってくるの」などBarbaraのヒット曲をいくつか歌った。

式の終了後、文化大臣は第29回「Fête de la musique」の開会を宣言した。

                                          

   

       文化省で賞状を持つVega

 

  

   左からMitterrand文化大臣、VagaFolyBelleDepardieux

 

Prix Barbaraはその後次の4人のACIに授与されている。

・2011年6月21日 文化大臣はFrédéric Mitterrand

L(本名Raphaële Lannadère)、1981年2月23日(生地不明)生まれのACI

  「Petite/可愛い女の子」2011年 https://www.youtube.com/watch?v=QDR5hJwxXdY

・2012年12月19日 文化大臣はAurélie Filippetti

Barcella(本名Mathieu Ladeveze)、1981年5月11日Reims生まれのACI

  「Les sornettes鈴」2012年 https://www.youtube.com/watch?v=ir0poQtyJTo

・20131219日 文化大臣はAurérie Filippetti

Maissiat本名Amandine Maissia1982Lyon生まれのACI

  「Les fins de nuit/夜の終わり2013年 https://www.youtube.com/watch?v=eMeAcwYb_DA

・2015日 文化大臣はFleur Pellerin

Klo Pelgag本名Chloé Pelletier-Gagnon)199013CanadaQuébec生まれのACI

Les corbeaux/カラスたち2013https://www.youtube.com/watch?v=6619rWIQMt0

 

 

今月の顔 2021年5月 Serge Reggiani

 

Serge Reggianiは1985年5月11日TVの音楽番組「Champs- Elysées」に出演、「Petit garçon/少年」を歌った。

 

Le petit garçon/少年」(1967年 Lean-Loup Dabadie作詩/Jacques Datin作曲)

TV番組「Champs- Elysées」で https://www.youtube.com/watch?v=KxgCIL26A00

歌詞の大意・・息子よ、私の子、私の愛する者よ。今夜は雨、お前は本当に彼女に似ている。何かして遊ぼうか、ここにいるのは二人だけ。 今夜彼女はもう帰ってこない、私に分かっているのはそれだけ。きっと明日には彼女からの手紙が届くだろう。庭にも雨が降っている、私は悲しくはない、ここにいるのは二人だけ。 どんないきさつだったかは分かっている、私の思い出にも雨が降っている、今夜は少しばかり寒い。昔はあった、愛し合っていた二人の物語が。お前にも分かる時が来るだろう。出ていかないで、私を置いておかないで。 息子よ、私の子、私の愛する者よ。お前は本当に彼女に似ている。ここにいるのは、この広い部屋にいるのは、二人だけ。戦争ごっこでもして遊ぼうか。今夜彼女は戻ってこない、それ以上のことは分からない。もう何もやることはない、遊ぶこと以外には、二人だけで。 どんないきさつだったかは分かっている、昔はあった、愛し合っていた二人の物語が。よくお聞き、彼女はもういない、そうもういない、泣かないで・・

 

1. Serge Reggianiの略歴

Reggianiは1922年5月2日イタリアのパルム近郊のReggio d’Emilie生まれの俳優、歌手、作詞も行う。父は美容師で反ファシスト、家族は彼が8歳の時フランスNormandie地方に移住、その後Parisに。父はParisに来てからは苦しい時期を過ごした後サン=ドニ地区のRue Richelieuに美容院を開き、Reggianiも修業をしていた。彼が14歳の時、ある日女性客の目にシャンプーを入れてしまった。その客は、「ほかの職に就いた方がいいんじゃないの」と店の向かいにあったある新聞社に連れて行き、その新聞に載っていた映画俳優の養成所の生徒募集の広告を見せ、試験を受けてみたらどうかと勧めた。そして入所。1年後には優秀な成績で修了。

1939年からConservatoire national d’art dramatique/国立演劇学校で学び、喜劇と悲劇の優等賞を得て、1940年舞台に立つ。演技力を認められ、1942年から本格的に映画に進出。

1945年にはMarcel Blistène監督の「Etoile sans lumière/光なき星」でEdith PiafYves Montandと共演

1946年にはMarcel Carné監督の「Les portes de la nuit/夜の門」(挿入歌に「Les feuilles mortes/枯葉」が使われたことで知られている)でYves Montandと共演

         https://www.marcel-carne.com/wp-content/uploads/larticle-de-cine-miroir-paru-le-06-decembre-1945/cinemiroir4.jpg

       映画「Les portes de la nuit」でYves Montand

1952年にはJacques Becker監督の「Casque d’or/肉体の冠」でSimone Signorelと共演

1963年にはLuchino Visconti監督の「Le Guépard/山猫」に出演

など1990年代まで100本以上の映画あるいはTVドラマに出演。

Reggianiがシャンソン歌手に転身したのは40歳を越してから。1963年にMontand-Signoretのカップル宅でReggianiBoris Vianの曲を歌うのを聞いたJacques Canetti(1909-1997 音楽プロデューサー。Jacques BrelGeorges Brassensなどを発見した名伯楽で、キャバレ「Trois Baudets」のパトロン)は早速Reggianiに、Montandは興味を示していなかった、Vianの曲でレコードを出すことを勧め、

1965年「Le déserteur/脱走兵」、「Je bois/酒飲み」など12曲を集録したLPSerge Reggiani chante Boris Vian/セルジュ・レジアニ、ボリス・ヴィアンを歌う」が出された。このアルバムはACCAcadémie Charles-Cros)のレコード大賞を得、43歳にしてレジアニーは新しいキャリアに船出した。

Le déserteur1968年 https://www.youtube.com/watch?v=TmJuEJvdqbk

このレコードに感銘を受けたBarbara(1930-1997年ACI)は1966年のボビノ公演でその第1部に招いた。

1967年2枚目のLP「№ 2」のためにCanettiは信頼していたスタッフを集め、また当時の超一流の作詞家、作曲家に曲の提供を受けた16曲を収録した。当時イェイェ全盛にもかかわらず、同年配者ばかりでなく若者までも捉え、新人歌手Reggianiは一躍variété françaiseのスターになった。その16曲は「Les loups sont entrés dans Paris/狼たちがパリに入ってきた」(Albert Vidalle作詞/Louis Bessiere作曲)、「Ma liberté/僕の自由」(Georges Moustaki作詞/作曲)、「Ma solitude/僕の孤独」(dito)、「Sarah/サラ」(dito)、「Le petit garçon」、「Maxim’s」(Serge Gainsbourg作詞/作曲)などで、その後のReggianiのスタンダードとなった。

 「Ma liberté1969年 https://www.youtube.com/watch?v=Y5YCaqx_b4s

 「Les loups sont entrés dans Paris1977年 https://www.youtube.com/watch?v=K9VFqvGRhNs

 

1968年2月にはvedetteとしてBobinoに出演

1968年11月24日にはラジオ局Europe 1の「Musicorama」のためにParis  Olympiaに出演

1968年11月28日Grand Prix de l’Académie du disqueを受ける

その後、「Il suffirait de presque rien/何もなくても十分」(1968年)、「Et puis/そしてそれから」(1968年)、「La java des bombes atomiques/原子爆弾のジャヴァ」(1968年)、「La ballade des pendus/刑死者のバラード」(1968年)、「L’Italien/イタリア人」(1971年)、「L’absence/不在」(1971年)、「Venise n’est pas en Italie/ヴェニスはイタリアにはない」(1977年)、「L’hier, l’aujourd’hui, le demain/昨日、今日、明日」(1979年)、「La longue attente/長い期待」(1979年)、「C’est là/そこだ」(1979年)、「Les amours sans importance/何でもない恋」(1979年)、「L’armée du brouillard霧の兵隊」(1981年)、「Soliloque pour trois enfants/3人の子供への独語」(1981年)、「Le petit dernier de la classe/劣等生」(1981年)などがヒット。

 「Et puis1969年 https://www.youtube.com/watch?v=gEs5fcOfnBw

 「Il suffirait de presque rien1992年 https://www.youtube.com/watch?v=l9KiGZqnvRk

 

しかし1980年、すでに1970年代からACIとして活躍し、1974年にはBobinoで親子リサイタルを行った長男Stéphan(1945-1980)が自殺するという悲劇に見舞われ、そのショックから容易に立ち直ることができなかった。1981年、1982年とアルバムも出し、1983年にはオランピアにも出演したが、極度の精神的疲労、アルコールによる衰弱との戦いの日々であった。その後絵を描くことにより安定を得る。「絵を描くことは、一種の休息だ。カンバスに絵の具を塗っていくという官能を刺激する喜びがどんなものであるか想像できないだろう。絵を描くことによって、注意をカンバスに集中することによって、不安が消え去る」

1991年には飲酒を止め、80年代の苦しい時代に別れを告げた

1992年12月20日70歳を記念してアルバム「70 balais/70歳」をリリース

1993年7月15日Francofolie de La Rochelleに出演

1997年75歳を記念して8月28日生地Reggio Emiliaでリサイタル

1999年9月アルバム「Les adieux différés/延期された別れ」をリリース

2000年1月遺言とも言えるアルバム「Enfants, soyez meilleurs que nous/子供達よ、我々よりよりよく」をリリース

 「Enfants, soyez meilleurs que nous https://www.youtube.com/watch?v=nbvt8Dzf5kw

200230日「Ordre national du Mérite国家功労勲章」のCommandeur章受章

20021280歳を祝って15人の歌手によるトリビュートアルバム「Autour de Serge Reggianiセルジュ・レジアニを囲んで」。収録されているのは: 「Le petit garçon」(Renaud)、「Et puis」(Patrick Bruel)、「L’absence」(Jane Birkin)、「Ma solitude」(Marc Lavoine)、「Les loups sont entrés dans Paris」(Juliette)、「LItalien」(Bénabar)、「Ma liberté」(Enrico Macias)など

2003年2月VdMで長年の活動に対して特別賞が与えらた

2004年7月23日心停止で死去。享年82歳。葬儀は27日パリのMontparnasse墓地で行われた。遺体はMontparnasse墓地の9区に埋葬。

2014年Isabelle Boulay(カナダ 1972- 歌手)、没後10年になるReggianiのヒット、「Ma solitude」、「Le petit garçon」、「L’absence」、「L’Italien」など14曲をカバーしたアルバム「Merci Serge Reggiani」をリリース

2019年没後15年を記念して

    9月Paris19区Vilette地区にSquare Serge Reggianiが誕生(Promenade Signoret-Montand及びAllée Jacques Brelの近く)

           

        (Squart Serge Reggiani  Psris 19区)

    5月ヒット曲20曲を収録したcompilationBest of」リリース

    5月全集「Une vie d’artiste/一芸術家の生涯」リリース、CD18枚、DVD2枚組み。未発表曲2曲を含め

268曲のシャンソン及び72編の詩の朗読を収録

 

2.「Petit garçon」について

この曲を作詩したJean-Loup Dabadie(1938-2020 作家、作詞家、脚本家、Académie Française会員)談: 当時私は脚本を書き、新聞に記事を書いていた。この曲「Le Petit garçon」は最初に書いたシャンソンなのでよく覚えている。ある金曜日(注1)の朝電話が鳴った。「もしもし、こちらSerge Reggiani。あなたの脚本を読んだところです。Barbaraが火曜日(注2)からBobinoに出演するが、前座で歌ったらと勧めてくれました。曲が必要です。Gilbert Bécaudの周りには優秀な作詞家が付いていますが、私にはいません。やってみる気はありませんか?」、「主人公は?」、「妻に逃げられた男」、「内容は?」、「その男は、子供にどのように接したらいいか解らないでいる」・・。早速作った。今までで一番急いだのがこの詩だった。それで韻が揃っていないところもあり、詩作を学んだ私としては不満だった。しかし、翌日この詩に曲を付けたJaccques Datin(1920-1973 作曲家)は、「Ça va, ça va/大丈夫、大丈夫」と言ってくれた。この詩は自伝ではない・・

(注1)196612日(金)と思われます

(注2)1966年12月13日(火)と思われます

1967年1月9日まで続いたこの公演でReggianiは「Le petit arçon」の他、「Le déserteur」、「Sarah」、「Les loups sont entrés dans Paris」などを歌った。Reggianiの熱い、表現力のある声、それに俳優として培ったテクニック、それらが相まって、ステージは大成功であった。

       

                (1966Bobino出演時

Le petit garçon」は1967年リリースのReggiani 2枚目のLP「№ 2」に収録されている。アルバムは100万枚以上の売り上げと言われている。

前掲映像は198511TVの音楽番組「Champs- Elysées」に出演時のもの。この番組は1982年から1990年までAntenne 2で、2010年から2013年までFrance 2で、Michel DruckerあるいはLaurent Ruquirの司会により、Champs Elysée通りに近く、Elysée宮の隣にあるレセプションホールPavillon Gabrielから、毎週土曜日の夜放送されたフランスで人気の音楽番組。

Le petit garçon」の他の映像

 Serge Reggiani 1967年 https://www.youtube.com/watch?v=KxgCIL26A00

 Renaud Autour de Serge Reggiani」から https://www.youtube.com/watch?v=SXJ6htXDYnA

 Isabelle Boulay 2014年 https://www.youtube.com/watch?v=9alYC-wYitc

 

今月の顔 2021年4月 avril 2021

ジョルジュ・ムスタキGeorges Moustaki

Georges Moustakiは1969年4月24日TV番組で「Le Métèque/ル メテック:異国の人」を歌った。

 

Le Métèque」(1969年 Georges Moustaki作詞作曲

 196924TV番組「Musicolor」で、司会はNino Ferrer

https://www.ina.fr/video/I00015404/moustaki-le-meteque-video.html

 

歌詞の大意:

・・僕のツラは外人のツラ、さまよえるユダヤ人のツラ、ギリシャの牧童のツラ、髪の毛は四方八方になびく。僕の目、水で洗ったようで夢みるような雰囲気を与えているが、もうあまり夢を見なくなった。 僕の手、畑泥棒の手、ミュージシャンの手、放浪者の手、多くの庭を荒らした。 僕の口、酒を飲んだし、キスもしたし、かみつきもした、しかし飢えが満たされることはなかった。 僕のツラは外人のツラ、さまよえるユダヤ人のツラ、ギリシャの牧童のツラ、盗人の、放浪者のツラ。僕の肌、夏になると太陽の下、スカートをはいた人たちにちょっかいを出した。僕の心、多くの苦しみを味わったからその分を苦しめる術を知っている。だからといってそのために作り話をすることはなかった。僕の魂、それはもう持っていない、煉獄を避けるためのわずかな救いのチャンスを。僕のツラは外人のツラ、さまよえるユダヤ人のツラ、ギリシャの牧童のツラ、髪の毛は四方八方になびく。僕の優しい囚われ人よ、僕の伴侶よ、僕の湧き出る泉よ、僕は行こう、君の青春を飲み干すために。僕は君が望むように血の気の多い王子にも、夢想家にも、青年にもなろう。 そして僕たちは日々永遠の愛を作りだし、その愛に生きよう・・

 

1.Georges Moustaki 略歴

・1934年5月3日エジプトAlexandrie 生まれ、本名Giuseppe Mustacchi

祖父母の代にギリシャから移住。両親はフランス語の図書を扱う書店(「Cité du livre」)を経営。2人の姉同様Ecole Françaiseに通う。ピアノとギターを習う

・1951年11月12日Parisに到着。出発の際母からギターを贈られる

Paris15区で書店を経営する姉夫妻の許に寄宿。義兄Jean-Pierre Rosnayは詩人で出版社を経営。また画家、俳優など若いアーティストが集まるサークルを主宰

・書籍の訪問販売、エジプトで発行されている雑誌の記者、Saint-Germain-des-Prés界隈のpiano-ar barmanなどで生活の資を得ながら、ギターで曲を作る

・1952年9月「Trois Baudets」出演中のGeorges Brassens(1921-1981 ACIを聞いて感銘を受ける

数日後Brassensが兄主宰のサークルに来訪、知己を得る

Brassensの紹介によりJacques Canetti(「Trois Baudets」の支配人、Philips社のディレクター)やFrancis Claude(「Milord L’Arsouille」の司会者)に面会、自作の曲を披露。「Jacques DoyenCatherine Sauvageが僕の作品を歌ってくれることになった」

・1954年友人とベルギー旅行中、手許不如意になり、Bruxellesの「Rose Noire/黒バラ」にピアニスト、歌手として1か月出演、自作の「Eden blues/エデン ブルース」、Mouloudjiの「Un jour tu verras/いつの日にか」などを歌う

・1954年帰仏後ParisSaint-Germain des Présの「L'Echelle de Jacob」にJacques Brelの前座で2週間出演。その後、「La Colombe」(Cité島内)など数軒のcabaretに出演。

・1954年12月女児Pia誕生。母親は55年6月に結婚する5歳年長のAnnick Cozannec(詩人)

 

・50年代半から60年代初め、人気歌手がMoustakiの作詞、作曲による曲をレコーディング、その中には:

・・Dalida (1933-1987 歌手、俳優):「La fille aux pieds nus/素足の少女」(1959年EPに収録)

・・Yves Montand (1921-1991 歌手、俳優):「De Shanghai à Bankok/上海からバンコックまで」(1961年アルバム『Rangaine ta rangaine』に収録)

・・Barbara (1930-1997 歌手、俳優):「Vous entendez parler de lui/ あなたは彼の噂を聞いている」(1961年リリース EPに収録)

・・Cora Vaucaire (1916-2011 歌手):「Les amours finissent un jour/ある日恋の終わりが」(1962年EPに収録)

 

・1958年2月ギタリストのHenri Crolla(1920-60、ナポリ出身)とEdith Piafを訪問

1958年4月9日TV初登場、Piaf宅から放送で「Les orteils au soleil/足指を太陽に向けて」を歌う

 https://www.ina.fr/video/I00012671/georges-moustaki-les-orteils-au-soleil-aux-cotes-d-edith-piaf-video.html

195811PiafSPEdith Piaf chante Jo Moustakiジョー・ムスタキを歌う」をリリースLe gitan et la filleジプシーの恋歌」、「Les orgues de Barbarie手回しオルガン」、「Eden blues」の曲収録

・1959年1月Piafのアメリカ公演に同道。 PiafNY公演で「Milord/ミロール」(MoustakiMarguerite Monnot)創唱、1月18日Ed Sulivanショウに出演して歌う。

 

・1960年Eddie Salemの名で2枚のEPリリース、アラビア語で歌ったものとギリシャ語で歌ったもの

・1960年Georges Moustakiの名で最初のEPリリース:「Les musiciens/ミュージシャンたち」、「Les orteils au soleil」、「Le jugement dernier/最後の審判」など4曲収録

・1961年3月最初のLPGeorges Moustaki』:EP収録の4曲のほか、「Eden blues」、「De Shanghai à Bankok」、「J’attend le jour/僕はその日を待っている」など都合8曲収録

  「Eden blues」1968年https://www.youtube.com/watch?v=oQsVf72IIeA

 

・1961年からParis 4区Ile Saint Louis/サン・ルイ島、(26,rue Saint Louis en Ileに住む

 

・1963年から都合映画12本及び連続TVドラマ1本の音楽担当。その中には:

・・1963年公開François Villiers監督映画「Jusqu’au bout du monde/世界の果てまで」で初めて音楽担当。Tino Rossi(1907-1983 歌手、俳優)が歌う主題歌「Le Pinzutu/本土の人」を作曲

・・1968年公開Bérnard Paul監督映画「Le temps de vivre/生きる時代」の音楽担当。主題歌の「Le temps de vivre」作詞、作曲。

・・1972年4月公開Jacques Poitrenaud監督フランス・チュニジア合作映画「Mendiants et Orgueilleux/物を乞う人々と高慢な人々」では音楽を担当し、主人公Hadjis役で出演、劇中自身が作詞/作曲した「Mendiants et Orgueilleux」及び「La blessure/傷」を歌う

 

・1967年BarbaraとデュオでLa dame brune/ブルネットの婦人」(MoustakiMoustaki & Barbara)。Barbaraのアルバム『Ma plus belle hisroire d’amour/我が麗しき恋物語』(1967年)に収録。1969年2月4日から17日までのBarbaraParis Olympia出演の際デュオで歌う

  「La dame brune1967年 https://www.youtube.com/watch?v=P6whtJq6LlU

 

1967Serge Reggiani(1922-2004 俳優、歌手のために「Ma solitude僕の孤独」、「Ma liberté僕の自由」、「Sarahサラ」などを作詞作曲

 ・1968年いわゆる「5月革命」の際にはColouche(1944-1986 喜劇俳優)、Pia Colombo(1934-1986 歌手、俳優)らとチームを組み閉鎖中の工場を訪問

・1969年LPGeorges Moustaki』:「Le Métèque」、「Ma solitude」/僕の自由」、「Il est trop tard/もう遅すぎる」、「Le temps de vivre/生きる時代」、「Joseph/ジョゼフ」、「Le facteur/若い郵便屋」、「Gaspar/ガスパール」など10曲収録。レコードは1970年ACC大賞受賞

Ma solitude」1976年 https://www.youtube.com/watch?v=gnKOZA945u4

 

・1970年1月6~23日ParisBobinovedetteとして初出演。 1970年liveLPBobino 70』

・1971年「Il y avait un jardin/悲しみの庭」、「L’homme au cœur blessé/傷心」、「En Méditerranée/地中海にて」、「Marche de Sacco et Venzetti/サッコとヴェンゼッティのマーチ」

  「En Méditerranée」 1971年https://www.youtube.com/watch?v=38ZVerDj0Xk

 

・1972年「Hiroshima/ヒロシマ」、「17ans/17歳」、「La igne droite/直線」(Moustakiが歌ったものとBarbaraが歌ったものの2曲収録、Barbarahaは1972年リリースのアルバム『Amours incestueuses/不倫』に2曲収録)、「Les amis/友人たち」 

・1973年「Les eaux de mars/3月の水」(72年Rio de Janeiroポピュラー音楽祭に出演の際持ち帰ったAntonio Carlos Jobim作曲の「Aguas de março/3月の水」にフランス語の詩を付けた)、「Nadjada/(ロシア語で)希望」、「Les enfants d’hier/幼年時代」

 

・1973年4月29日第2回東京音楽祭にスペシャルゲストとして来日。(都合8回来日との資料あり)

 その後の主な来日記録

・・・1975年3月~4月来日、14回のコンサート

・・・1976年6月来日、2回のコンサート

・・・1977年10月~11月来日、15回のンサート

・・・1989年8月来日、5回のコンサート

・・・1991年9月来日、6回のコンサート、その際TV出演 https://www.youtube.com/watch?v=iiMmUc6Hakg

・・・1995年2月来日、「夕張国際映画祭、ヤング・ファンタスティック・グランプリ」部門の審査員長

その際阪神大震災チャリティーコンサート、栗原小巻、あがた森魚らと

 

・1974年「Les amis de Georges/ジョルジュの友達」、「Sarah/サラ」、「Les amours finissent un jour/ある日恋の終わりが」、「Sans la nommer/名も告げずに」

  「Sans la nommer1979年 https://www.youtube.com/watch?v=NI3A7cbN8io

・1982年「Chansons/シャンソン」

  「Chansons」1983年 https://www.youtube.com/watch?v=cmxt_mOKPMw

・1984年10月リリース桃井かおりのアルバム「愛のエッセイ」収録10曲の作曲、2曲をデュオで歌う

・1992年「Méditerranéen/地中海人」、「Demain/明日」(Moustaki作詞/松山禎三作曲。映画「明日、Tomorrow」から)

・1996年5月Ordre des Arts et des Lettres/芸術・文芸勲章、commandeur章受章

・2002年12月CD10枚組みの全集『Tout Moustaki ou presque/ムスタキ全集、あるいは、ほとんど』、222曲収録

・2004年4月Légion d’honneurchevalier勲章受章

・2004年11月SACEMGrand Prix de la Chanson française受賞

・2005年「Vagabond/放浪者」(Sylvie Kuhnとのデュオ)、 「Les mères juives/ユダヤの母達」

  「Les mères juives2005https://www.youtube.com/watch?v=LG5vq8N8R6M

2008年 Académie FrançaiseGrande médaille de la chanson française受章

2008日最後で、20枚目となるアルバム『Georges MoustakiSolitaireたった一人』(12曲収録、うち曲はデュオ):Solitaire」、「Une fille à bicyclette自転車の少女」Vincent Delermとのデュオ、「Sans la nommer名も告げずに」Caliとのデュオ、「Ma solitude僕の孤独」China Forbesとのデュオ、「La jeune fille若い娘」、「Inconsolable慰めるすべなく」など

・2009年1月8日Barceloneのコンサートを体調不良のため途中で中止、その後ステージには復帰できず

・2011年若手歌手の自主制作のアルバムを対象にPrix Georges Moustaki ジョルジュ・ムスタキ賞創設

・2011年10月14日記者会見、ステージからの引退を表明

・2013年3月26日「Il est trop tard/もう遅すぎる」をOrlika(イスラエル出身のACIとのデュオ シングルCDリリース(最後のレコード)https://www.youtube.com/watch?v=d731Ac4MBSA

・2013年5月23日Vence(Alpes-Maritimes)Maison du Mineurクリニックで死亡(肺気腫)享年79歳

・2013年5月27日Paris 20区、Père-Lachaise墓地で葬儀、同墓地の 95地区に埋葬

 

2.「Le Métèque」について

métèque」の意:① 語源はギリシャ語のmetoikos(居住地を変えた者)で、古代ギリシャで市の住む特別な地位を認められた(政治的権利及び土地所有権なし、特別の納税義務及び兵役の義務あり、文化的活動には参加可能な)外国人 ② ①から転じて、軽蔑して、フランスに住む、態度や行動が信頼性に欠ける外国人

 

  Moustakiが当時交際していた上流階級の女性の両親が彼を快く思わず「あのmétèque」と呼んでいたことを知って、早速曲を作り仲間に見せた。曲は1966年にはできあっていて、デモテープを各方面に持ち込んだ。Serge Reggiani(俳優・歌手 1922年イタリア Reggio nell’Emillia生まれ、1930年渡仏、2004年Paris郊外で死去)に勧めたが「これは君の歌だ」と断られた。「最初にそれを歌ったのはピア・コロンボだった。1968年、あるキャバレでだった」(Moustaki 自伝「Question à la chanson」、邦本実訳「私の孤独」から)。 なおPia Colomboの創唱時期については「1967年」との資料、1968年「Olympiaで」との資料もある。 Colomboは1968年リリースのEPA面に「Le Métèque」を、B面には「Il est trop tard」を収録している。また同年リリースのLPPia Cilombo a l‘Olympia」にも収録されている。また、Colomboは1969年8月9日TVに出演、この曲を歌っている(映像はない)。

 「Le MétèquePia Cilombo 1970https://www.youtube.com/watch?v=wzyIhOJN0m0

 Colomboは「僕のツラは外人のツラ」を「あなたの・・」と歌っている。

 

Moustaki は1969年3月にリリースしたSPA面に収録、B面には「Voyage/旅」。リリースの当初、このレコードの評価は芳しくなかった。「時代遅れのリズム。リフレインがない。意表をつくようなタイトル。聞いていて、晴れ晴れするとは思われないテーマ。それにみっともないジャケット」(前掲「私の孤独」から)。

Le métèque de Georges Moustaki

「しかし、ジャック・ブド、・・、ドニーズ・グラセール、ジャン・ルイ・フルキエといったほんの一握りの無条件支持者が大量に放送した結果、ル メテックが沈黙の壁を粉砕する一つの突破口となった」(Moustaki自伝「Les filles de la mémoire」、山口照子訳「思い出の娘たち」から)。Moustaki自身1969年2月9日Denise Glaser司会のTV番組Discorama」に出演、また3月16日にはTV番組「Télédimanche」に出演して「Le Métèque」を歌っている(いずれも映像は見つからなかった)。4月24日にはNino Ferrer司会のTV番組「Musicolor」に出演、この曲を歌った(映像上掲)。さらに同年9月8日、12月31日もTV番組に出演して歌っている。レコードは1969年6月24日の週から、7月12日の週までシングルチャートの1位(当時のヒットJohnny Hallydayの「Que je t'aime」、Joe Dassinの「Les Champs-Elysées」、Michel Polnareffの「Tout tout pour ma chérie」などに伍して)。そして、フランスで150

 

 

 
 
 

  今月の顔2021年3月 

 

 

  クリストフ・マエChristophe Maé

Christophe Maéは2007年3月19日ファーストアルバム『Mon paradis/僕のパラダイス』をリリースした。

On s’attache/執着する」 アルバム『Mon paradis』から(Lionel Florence作詞/Maé & Bruno Dandrimont作曲

2008年VdMhttps://www.youtube.com/watch?v=tnHaa8XtHI0

歌詞の大意:

・・僕には決まったスタイルがあるわけではない。だからといって何かに反対するのでもない。ユニホームのようなスーツは僕には似合わないし、理想的な婿に必要なものは何も待っていない。僕はいつも見張られているような気持ちになるだろう。僕は愛情に関しては否定的ではない。むしろ肯定的だ。そうだからと言って執着したり、縛られたりする必要はない。僕たちに錯覚を与える1本の矢を受けたからと言って執着したり、縛られたりする必要はない。人が自由であることを何も妨げない。そうだろう。 僕には人を引っ張って行くような適性はない。ベッドで質問されるのは好きじゃない。僕は綺麗なブロンド娘に囲まれたJames Bondじゃないんだから。ないんだから。僕は気の多い男を羨ましいとは思わない。でも、愛情を否定するわけではなく、むしろ自分の番が来ないかと待っている。そうだからと言って執着したり、縛られたりする必要はない。僕たちに錯覚を与える1本の矢を受けたからと言って執着したり、縛られたりする必要はない。人が自由であることを何も妨げない。そうだろう。人は何もあるがままにはしておかない。毎日の生活は僕をへとへとにさせ、僕を捉え、僕を苦しめる。より正常なものは何もない。でも君は入る込んでくる、流れの中に。君はそこから出る必要はない。ところで君は誰?君は普通じゃない。そうだからと言って執着したり、縛られたりする必要はない。僕たちに錯覚を与える1本の矢を受けたからと言って執着したり、縛られたりする必要はない。人が自由であることを何も妨げない。そうだろう。結局のところ僕は一人の男に過ぎない。僕はアンクルTomの小屋でパパDaltonのように生きることを望んではいない、絵本の中に自分を見つけることを望んではいない。結局のところ僕は一人の男に過ぎない・・

 

1.Christophe Maé略歴

Christophe Maé本名Christophe Martichon19751016日南仏VaucluseCarpentra生まれのACIハーモニカ奏者。音楽好きな一家に育ち、幼少の頃からヴァイオリン、ギター、ドラムス、ハーモニカを習う。テニスやスキーも得意であったが、16歳で慢性多重関節炎を患い1年間病床に伏し、スポーツを断念。18歳で家を出て南仏で歌手活動を始め、ストリートで、ダンスパーテイーで、ピアノバーで、また、冬はCourchevelSavoie地方のリゾート地)で、夏はCôte dAzurで年間200日以上外国のヒット曲のカバーを中心に歌う。その間にも詩を書き、作曲も行うように。

・2001年26歳でParisに出る。Jonatan Cerrada(ベルギー 1985-歌手)、Seal (イギリス 1963- ACI)らの前座で歌っていたところ、ミュージカルプロデューサーDove Attialに認められ・・

・2005年9月~07年7月ParisのPalais des Sports、ベルギー、スイスでも上演されたAttialプロデュースのミュージカル「Le Roi Solei/太陽王」で太陽王(Emmanuel Moireが演じた)の弟、Monsieurと呼ばれたPhilippe d’Orléans役で出演。劇中5曲歌い、独特の高い声と豊かな歌唱力、存在感のある演技で一躍人気に

  「Ça marche/それはうまく行くhttps://www.youtube.com/watch?v=PntGHhDPNcM

 

2007月ファースアルバムト『Mon paradis僕のパラダイス』をリリース

・2007年11月音楽専門のFMNRJの音楽賞でフランス語圏新人男性歌手賞受賞

・2008年1月TVF2の「Fête de la chanson française/シャンソンフランセーズの祭典」でParisMatch誌新人賞受賞 

・2008年3月VdMで『Mon paradis』が新人アルバム賞、自身が新人歌手賞、新人ステージ賞の3部門にノミネートされ、新人歌手賞を受賞。Maéはこの3つを含め都合12回のvictoiresにノミネートされているが受賞はこの1つだけ

・2008年11月NRJ音楽賞 フランス語圏男性歌手賞及び「On s’attache」でフランス語シャンソン賞受賞

・2009年5月Johnny HallydayStade de France公演の第一部で歌う

・2009年1月NRJ音楽賞 フランス語圏男性歌手賞及び「Belle demoiselle」でフランス語シャンソン賞受賞

 

・2010年3月2枚目のアルバム『On trace la route/俺の生き方』:「J'ai laissé/俺はほったらかした」、「Pourqoui cest beau/なぜそれが素敵なんだ」、 「On trace la route」、「Je me lâche/好きに生きたい」、「Nature/僕の本性」など11曲、80万枚以上の売り上げ

  「Pourqoui cest beau」2010年 https://www.youtube.com/watch?v=oXzlYEt_r7w

 

・2010年6月からフランス国内、ルクセンブルグ、スイス、ベルギー、ドイツを回る100日間に亘るマラソンツアーを行い、80万人以上の観客動員。この間にParisではZénithBercyOlympiaに出演

 

・2011年1月「L’Ordre des Arts et des Letrres/芸術・文芸勲章」のChevalier章受章

 

・2013年6月3枚目のアルバム『Je veux du bonheur/僕は幸福が欲しい』:「Je veux du onheur」、「Ma douleur, ma peine/精神的な苦痛、肉体的な苦痛」、「Tombé sous le charme/魅了されて」(2014年TF1の「Chanson de l’année/今年のシャンソン」に)、「Charly/チャーリー」、「La poupée/人形」、「Ne ten fais pas/心配無用」、「It’ only mystery」など11曲、50万枚以上の売り上げ

   Tombé sous le charmeclip officiel https://www.youtube.com/watch?v=yRGiYUEFFww

  Maé談「家族と訪れたNouvelle Orléans/ニューオルリーンズ、通りの至る所にアーティストがおり、朝から晩まで踊りがある。通りを演奏して歩くマーチングバンドがある。子供たちはサッカーで遊ぶよりタップダンスに興じる方が好きなよう。街に流れる音楽、街の色、匂い、生きる喜びに溢れた雰囲気に魅了され、この街への愛情を表現した。clipNouvelle Orléansで撮影した」。

 

・2016年5月4枚目のアルバム『L’attrape-rêves/ドリーム・キャチャー』:L’attrape-rêves」、「La Parisienneパリジェンヌ」、「Californieカリフォルニア」、「Il est où le bonheur幸せはどこに」(clipは2016年NRJ音楽賞のclip賞受賞)Lampedusa/ランペドーザ島」、「Ballerineバレリーナ」、「Marcel/マルセル」など10曲。リリースの週から5週間アルバムチャートの1位、30万枚以上の売り上げ

   「Il est le bonheurclip officiel https://www.youtube.com/watch?v=m5qXr9lLdwA

 

・2019年10月25日5枚目で最新のアルバム『La vie d’artiste/アーティストの人生』:「A nos amours/我々の愛に」、「Les gens/人々」、「Casting」、「La fin de l’ été/夏の終わり」、「Bouquet de roses/バラの花束」、「La vie d’artiste」など12曲。

 「La vie d’artiste2020年 https://www.youtube.com/watch?v=grAH4486aXU

  ・・人生は一つの舞台、そこには映画があり演劇がある。順調でない時にも、うまく行っていると答える。人に見られないように涙を流すのは夜。自分の姿をどのようにも変えることが出来る。それがアーティスト・・

 

2.アルバム『Mon paradis』について

Maéは200719日ファースト『Mon paradis僕のパラダイス』をリリースした。アルバムには:「On s’attache」(Lionel Florence作詞/MaéBruno Dandrimont作曲・・2007年2月シングルで先行リリース。2008年NRJ音楽賞で「Chanson française」賞受賞)、「Mon paradis」(Maé作詞/Maé & Michel Demissec作曲・・「Mon paradis」とはコルシカのこと)、「Belle demoiselle/美しいお嬢さん」(Michel Demissec作詞/作曲・・2008年TVTF1局の「Chanson de l’année/今年のシャンソン」賞受賞、2009年NRJ音楽賞でChanson française」賞受賞、「Ça a fait mal/それは辛いことだった」(Bruno Dandrimon作詞/Maé作曲)、「C’est ma terre/それは僕の土地」(Florence作詞/Maé他作曲)など12曲収録。

Maéはファーストアルバムについて次のように語っている・・僕のシャンソンは毎日の出来事を平易な言葉で語っている。我々誰もが多かれ少なかれ経験しているようなことを。そして、ほとんどの曲で僕は自分自身を捜している、自分自身のルーツを。人生において、自分が誰なのか、どこから来たのか知ることは大事なこと。格言に言うとおり、「どこへ行ったらよいか解らないときは、どこから来たか見つめよ」。そうすればより良く生きることができる。このアルバムに収められたほとんどすべての曲につき、詩ではLionel Florenceの、曲については古くからの友人Bruno Dandrimontの協力を得ながら、多くの部分を自分で作詞し、作曲した。アルバムにはソール、レゲエ、ブルース、カリブなどのリズムの曲が収められているが、これらのリズムは旅への誘い。僕は10年ほど前に1月半船上で歌ったことがある。マルテイニック諸島、グレナデイン諸島、ヴェネズエラ、ジャマイカなどを回って。そこで色んな影響を受けた。僕のは純粋なレゲエとは言えないが、その影響は出ていると思う。バックはこれらの曲調に合ったもので、エレクトリックギターなど機械的な楽器はやめ、アコーステイックギター、パーカッション、ベース、ドラムスにした。そして、朝、収められた曲を聞いた人に力を与えるようなものにしたかった・・

アルバムは2007年には90万枚以上売り上げ、同年の売り上げトップ。そして都合160万枚以上の売り上げ。

 Mon paradis 2008https://www.youtube.com/watch?v=EAa4EotD5sU

 Belle demoiselleclip officiel https://www.youtube.com/watch?v=Hs6ailybTTE




今月の顔 2021年2月
 
 

ジュリエット Juliette

Julietteは1997年2月10日第12回Victoires de la musiqueVdM)で新人歌手賞を受賞、「Rimes féminines/女性韻」を歌う。すでに1993年にはアルバム「Irrésistible/抗しがたい魅力を持つ人」でACCレコード大賞を受賞しているJulietteデビューから17年でこの新人賞を受賞した。


Rimes féminines女性韻」(1996Pierre Philippe作詩Juliette作曲 1997年のVdM

 https://www.youtube.com/watch?v=oeR4YmZcSbQ

 
上記の映像に引き続き、同曲に出てくる(おそらく)全ての著名な女性の映像を組み込んだyoutube映像が流れます。共に、圧巻です。 どうぞお楽しみ下さい。

1. Julietteの略歴

Juliette本名ジュリエット・ヌレディンヌJuliette Noureddineは1962年9月25日Paris17区生まれ、13歳からToulouseで育ったACI。父のJacquesはサクスフォン奏者。Juliette大学で文学、音楽理論を学ぶが、短期間で放棄。

1980年代初頭から地元Toulouseのピアノバーなどでピアノの弾き語り

・1985年及び1986年音楽フェスティヴァル「Printemps de Bourges/ブルジュの春」に出演し注目される

・1987年ToulouseThéâtre des Mazadesでのコンサートの模様を自主製作のライヴカセット『Juliette』でリリース

・1991年Hauts-de-Seine県主催の「Tremplin de la chanson/シャンソン新人」コンクールで審査員及び観客賞を受賞

・1991年Paris郊外Ivry-sur-SeineThéâtre d’Ivryでのコンサートの模様を自主製作のライヴCD『Que tal?/(スペイン語)ケ タル/元気?』でリリース。「Que tal?」、「Sur l’oreiller/ベッドで」、「L’homme à la moto/オートバイの男」(Edith Piafのカバー)など19曲収録

・1993年最初のスタジオ録音アルバム『Irrésistible/抗しがたい魅力を持つ人』:「Irrésistible」、「Monocle et col dur/片眼鏡とハイカラー」、「Petits métiers/ちょっとした仕事」など11曲収録。アルバムはACCレコード大賞受賞

  「Petits métiers」 https://www.youtube.com/watch?v=69okZJ1fne8

1996アルバムRimes féminines女性韻』Rimes féminines」、「La géante大女」、「La belle abbesse美しい女子修道院長」、「Remontrances叱責」など14曲収録

・1997年VdMで新人歌手賞を受賞

・1998年11月アルバム『Assassins sans couteaux/ナイフを持たない暗殺者たち』:「Assassins sans couteaux」、「La pagod du cheval blanc/白馬のパゴダ」、「Les yeux dor/黄金の瞳」など11曲収録

 ・1999年2月9~14日Olympiaに初出演

・2002年1月アルバム『Le Festin de Juliette/ジュリエットの饗宴』:「L’éternel féminine/永遠の女性性」、「Impatience/いらだち」、「Retour à la nature/自然への回帰」、「Mode d’emploi/取扱説明」、「Il n’est pas de plaisir superflu/余分な楽しみはない」、「Le Festin de Juliette」など11曲収録。アルバムはACCレコード大賞受賞

・2005年1月アルバムMutatis Mutandis/必要な変更は加えて』:「Le sort de Circé/キルケの行く末」、「Les garçons de mon quartier/私の街の男の子たち」、「Le congè des cherubins/智天使たちの会議」、「Il s’est passé quelque choses/何かが起こった」、「Une lettre oubliée/忘れられた手紙」、「La braise/炭火」など11曲収録

・2006年VdM女性歌手賞

・2007年4月5日Châtelet劇場で「Chaîne de l’espoir/希望の鎖」(子供への医療提供協会)のためのコンサート

・2008年2月アルバム『Bijoux et Babioles/宝石とがらくた』:A voix basse /低い声で」、「Bon débarras /やっかい払い」、「Tu ronfles/いびきをかくあなた」、「Lapins/ウサギ」など12曲収録

・2011年1月アルバム『No Parano/パラノイア患者のいない』:「Les dessous chics/シックな下着」(Jane Birkinのカバー)、「Un petit vélo rouillé/錆びた小さな自転車」、「La chanson de Déa/デアの歌」(Victor Hugoの詩にJulietteが曲を付けた)など12曲収録

・2011年7月「Ordre des Arts et des Lettres/芸術文学勲章」 officier章受章

2012年7月来日、2日Bunkamuraオーチャードホール公演など

・2013年9月アルバム『Nour』(アルバムのタイトルは姓のNoureddineからで、「lumière/光」を意味する):「Au petit musée/小さな博物館で」、「Veuve noire/黒人の未亡人」など10曲収録。

・2013年3月「Légion d’Honneur/レジオンドヌール勲章」chevalier章受章

・2013年6月21日第32回「Fête de la musique/音楽の祭典」の際、招かれて「Hôtel de Matignon/首相官邸」の「Cour d’Honneur/正面広場」でコンサート

201550曲収録コンピレーション『JulietteLes 50 plus belles chansons/ジュリエットの最も美しいシャンソン50曲』

201522日オランダ、アムステルダムのプリンセン運河上で開催されたコンサートPrinsengrachtconcertに出演「Ne me quitte pas行かないで」(Jacques Brelのカバー)を歌う

 「Ne me quitte pashttps://www.youtube.com/watch?v=JizTWvLq8To

・2016年10月『Intégrale des albums/アルバム全集』 14枚のCD、186曲収録、24頁のlivret付き

・2016年11月24日ACCの特別賞

2018月最新のアルバム『Jaime pas la chanson/私はシャンソンが好きじゃないJaime pas la chanson」、Procrastinationぐずぐずする癖」、「Dans mon piano droit私のアップライトピアノの中には」など12曲収録。

  「Jaime pas la chansonhttps://www.youtube.com/watch?v=n8ge3Rdc6ks

・2018年3月22日から7月23日までフランス国内ツアー。4月12日Paris Salle Pleyelに出演

・2018年11月15日「Ordre national du Mérite/国家功労勲章」officier章受章

 

2.JulietteVdM

 Julietteは1994年、第9回VdMの「女性新人歌手」部門にノミネートされたが受賞は出来なかった(受賞者はNina Morato)。1997年、第12回VdMにはBlankassFred BlondinLilicubらと並んで「Variété新人歌手」部門にノミネートされ、受賞した。Radio France internationalの「JulietteBiographie」によれば、これは「デビューから17年後」。Julietteは2006年第21回VdMではKeren AnnLââmZazieと並んで「最優秀女性歌手」部門にノミネートされ、受賞している。

 

3. 楽曲「Rimes féminines」について

楽曲「Rimes féminines/女性韻」は1996日にリリースされた枚目のスタジオ録音アルバムRimes féminines」に収められた最初の曲。作詞Pierre Philippe、作曲JuliettePierre Philippe(1931-脚本家、作詞家、作家)は1980年代からJean Guidoni(1952-歌手)に詩を提供。Julietteは1990年Guidoniのツアーに同行した際、Pierre Philippeと知り合う。Philippeはその後1993年からJulietteに良質の歌詞を提供、Julietteの初期の2枚のアルバム「Irrésistibles」に収録された曲の大半及び「Rimes féminines」に収録された曲のすべてはPhilippeの作詞による。

歌詞の大意:

楽曲「Rimes féminines」ではJulietteは「ジュリエット・ヌレディンヌは突然、他の女になってみたくなった。偉大なる女性に、闘うことを知っている女性に、賢い女性に、Becassine (ベカシーヌ:1900年代初頭の人気少女漫画のタイトルで、そのヒロインの名。その後余り賢明ではない女性の代名詞になった) のようなお馬鹿さんに・・」と歌い出し、60人余の歴史上の、あるいは物語の主人公などの女性を列挙して、それらになりたいと歌っている。

その中には次のような女性たちが・・

・・女性韻を踏んでいるReine Christine(クリスチナ王女)を演じたGreta Garboに、Camille ClaudelMademoiselle Chanelのようなお嬢様に、Margueritte Durasのような書く女性に、Maria Callasのような歌う女性に、Kiki de Montparnasseに、Simone SignoretBillie Holidayのような気概を持った女性に、Yvonne Printempsのような反抗する女性に、Isadora Duncanのような男を寄せ付けない女性に、Les Sœurs Brontëのような誇り高き女性に、ArlettyMarie DubasMarie Curieのような花や果実のような女性に、Coletteに、Mistinguetteに、Madame de Lafayetteに、Judy GarlandBarbara Streisandのような偉大な女性に、George Sandのよな貴婦人に、Loïe Fullerのような才能ある女性に、Joséphine Bakerのような聖なる女性に、Saah BernhardtMargueite Youcenarのように歴史上スポットライトを浴びた女性に、Simone de Beauvoirような賢い女性に、港の奥から聞こえる銀の声を持つSuzy Solidorに、裸で砲撃の前に立つSylvia Batailleに、Angela Bette二人のDavisに、毒殺者Lucrèce Borgiaに、私好みの品の悪い女性Yvette Guibertに、あるいは、工場で、調理場で働く女性に、名もない女性に、それにMarilyn Monroeに・・

そして最後に「それがかなわぬなら、気取り屋で、放蕩で、尻軽女のジュリエット・ヌレディンヌのままでいい・・」

 

 
今月の顔 2020年12月 2013年12月号を再掲載) 

 

 Pierre Delanoë  ピエール・ドラノエ

 

 ジルベール・ベコ―、シルヴー・ヴァルタン、ミッシェル・サルドー、ピアフ、アズナブール、ダリダ等
数多くの歌手に5000曲以上作詞し、20世紀シャンソンフランセーズの最も偉大な作詞家、「シャンソンのVictor Hugo」とも呼ばれたピエール・ドラノエPierre Delanoëが亡くなったのは、2006年12月27日。

 

Pierre Delano(略歴)

・1918年12月18日パリ10区生まれ

・1930年代には法律学士号取得後、国税庁に入り、租税検査官

・1940年代終戦後、作曲家であった義兄Frank Géraldの曲に歌詞を付けることに興味を持ち、最初に作った詩は1948年の「Ya un pli au tapis du salon/客間のジュータンには皺が一つ」。そしてPierreが歌いFrankがピアノというデュオを組んで rue du Faubourg Montmartre(9区)のキャバレなどで歌うが、記録に残るような実績はない。

・1950年Jean Nohainに紹介された女性歌手Marie Bizet(1905-1998)が「Ya un pli au tapis du salon」、「Quand vous reviendrez chez moi/あなたが我が家に戻って来るとき」を歌ってくれる。

・その後Bizet宅で当時Bizetの伴奏ピアニストであり、Bizetのために作曲もしていたFrançois Silly(1927-2001)を紹介される。後にSillyGilbert Bécaudの名でJacques Pillsのピアニストになり、また、作曲家として、52年にはEdith Piafのために「Je tai dans la peau/あなたに首っ丈」(作詞Pills)を作曲。

・1953年Delanoë作詞、Bécaud作曲による「Mes mains/私の両手:メ マン」をLucienne Boyerがレパートリーに取り入れ、Alhambraのステージで創唱。これがこのコンビの最初のヒットに。この曲はBécaudも歌い、54年8月のSPに収録。その後DelanoëBécaudのコンビは数々のヒットを生み出す。

・1955年ラジオ局Europe1の編成責任者に。1959年10月から伝説的なポップミュージック番組「Salut les copains/やあ、仲間たち」を放送。番組のタイトルは1957年Bécaudのヒット曲「Salut les copains」(Delanoë作詞/Bécaud作曲)から。

・1958年EurovisionシャンソンコンクールでフランスはAndré Claveauが歌う「Dors mon amour/おやすみ、僕の恋人」(Delanoë作詞、Hubert Giraud作曲)で参加、グランプリを獲得。

・1962年BécaudLouis Amadeらとの5年間にわたる作業の末、オペラ「Aran」完成

・1965年Hugues Aufrayのアルバム「Aufray chante Dylan/オーフレ、ディランを歌う」のためにBob Dylanのヒット曲にフランス語の詩をつける

・1984年SACEM(作詞家・作曲家・楽譜出版者協会)会長に就任。その後86、88、90、92年にも。94年以降は名誉会長

・1997年10月アルバム「Pierre Delanoë chanteYa quà se laisser vivre”/ピエール・ドラノーエが歌う『気ままに生きるだけ』」をリリース。これには「Ya quà se laisser vivre」(このアルバムのため特別に作った曲で、Delanoë作詞、Charles Aznavour作曲)、「Les Champs Elysées/オー シャンゼリゼ」、「Mes mains/メ マン」、「En chantant/歌いながら」、「Bravo Monsieur le Monde/ブラヴォー 地球よ」など自ら歌った15曲を収録。

・2006年12月27日死去、享年88歳。

この間5000曲以上の作詞を行い、30人以上の歌手に提供した。

 

(生前の言など)

Ya quà se laisser vivreでは次のように歌っている・・・・気ままに生きるだけ、心を平衡に保って、舞台の上手と下手の間を、風の中を、霧氷の中を、友人たちのためにパンを少し残して。自分の進む道を選ぶことに自由であることを夢見て、明日は自分のものだと信じて、気ままに生きるだけ。自分の岸に沿って、そして記念すべき大切な日に、・・川を渡るだけ。

人生について①・・人はこの世に出ることを待ち、話せるようになることを待ち、成長することを待つ。郵便配達を待ち、籤に当たることを待ち、バスを待ち、愛を待つ。そしてある日、何も待たなくなる。永遠の曲がり角を見つけるから。

・人生について②・・何も痕跡を残さないのなら、存在することに意義があるのか。そうであれば、何のために、誰のための人生?

・5000曲以上作詞したことについて・・そう複雑なことではない。私は50年間書いている。1週間に2曲として、1年に100曲、だから50年では・・5000曲。

・ヒット曲について(1988年当時)・・約3500曲書いたがヒットしたのは300曲程度だろう。だから失敗作が3200曲という大きな数になる。作詞家を志す若者は知っておかなければならない数字だ。

・作詞について①・・詩は何時でも生まれてくる。新聞を読んでいるときも、怒っているときも。その後で韻を考えたり、行数を考えたり、適切な用語を探したりという技術が必要になってくる。歌詞は大切、歌詞によって人はある曲を記憶してくれるもの。

・作詞について②・・私は、猫背の人の仕立屋のようなもの、自分のアイデアを歌ってくれる人に合わせて書いている。

・若い世代のACIについて・・Alain SouchonRenaudは「lâme de poètes/詩人の魂」を持っている。[もっと若い]Vincen DelermCarla BruniLynda Lemayはいい。しかしその他大勢の中に飲み込まれてしまうのではと心配している。

・新しい世代の歌手たちについて・・最近シャンソンフランセーズは水準ゼロ。女性歌手は犬のように吠えているだけ、男性歌手は猫のようにミャーミャー言っているだけ。

・ラップについて・・私にとっては音楽ではない。あれは怒号、おくび。音楽を知らない原始人の表現の一形態。 

Delanoëの曲を3曲歌っているEdith Piafについて・・Piafは20世紀の最も偉大な歌手だ。しかし私たち二人は理解し合っているとは言えなかった。私は彼女の人格や生き方が好きではなかった。彼女に真夜中過ぎまで付き合うなんてことは私には出来なかった。しかしステージでは彼女は太陽のようだった、存在感があった。それに彼女には自分が歌う曲を自分自身で選ぶという聡明さがあった。

 

 

 

(主な作品、歌っている歌手別に)

・アンドレ・クラヴォーAndré Claveau:「Dors mon amour/おやすみ、僕の恋人」(1958年Eurovisionシャンソンコンクール優勝曲)

・バルバラBarbara:「Lhomme en habit/晴着の男」(創唱)

・シャルル・アズナヴールCharles Aznavour:「Inoubliable/忘れ得ぬ人」

・クロード・フランソワClaude François:「Cest de leau,cest du vent/水だ、風だ」「Les ballons et les billes/風船とビー玉」

・ダリダDalida:「Comme disait Mistinguette/ミスタンゲットが言っていたように」、「Fini la comédie/芝居を止めて」、「Laissez-moi danser/私を踊らせて」、「Salma Ya Salama/サルマ ヤ サマラ」、「Lamour et moi/愛と私」、「Le jour où la pluie viendra/雨の降る日」(創唱)、「Ciao amore ciao/チャオ アモーレ チャオ」(原曲はLuigi Tencoの作詞作曲による同タイトルのイタリア語の曲で、1967年DalidaTencoSanremo音楽祭で歌った)

・エディット・ピアフEdith Piaf:「Les grognards/近衛兵」、「Le diable de la Bastille/バスティーユの悪魔」、「Toi,tu nentends pas/あなたには聞こえない」

・エンリコ・マシアスEnrico Macias:「Aimez-vous les uns les autres/お互いに愛し合いなさい」

・フランス・ギャルFrance Gall:「Ne sois pas si bête/そんなにおばかさんにならないで」

・フランソワーズ・アルディFrançoise Hardy:「La rue decœurs perdus/『虚ろな心』通り

・ジェラール・ルノルマンGérard Lenorman:「La ballade des gens heureux/幸せは人々のバラード」、「Voici la clef/鍵はここ」、「Si jétais président/僕が大統領なら」

・ジルベール・ベコーGilbert Bécaud:「Et maintenant/エ マントナン」、「Je reviens te chercher/君を迎えに」、「Je tappartiens/神の思いのまま」、「La solitude ça nexiste pas/孤独なんて存在しない」、「Le jour où la pluie viendra/雨の降る日」、「Mes mains/メ マン」、「Natalie/ナタリー」、「Salut les copains/やあ仲間たち」「Viens danser/さあ踊ろう」、「Le pianiste de Varsovie/ワルシャワのピアニスト」、「Marie,Marie/マリー、マリー」、「Dimanche à Orly/日曜日はオルリーで」、「Lorange/オレンジ」、「La maison sous les arbres/木の下の家」、「Les gens de lîle/島の人々」、「Lhomme en habit/晴着の男」

 

・・Et maintenan」についてDelanoëは語っている・・1961年Bécaudはパリからニースへ向かう飛行機の中で女優のOlga Andersenと一緒になった。彼女は婚約者に会いに行くところだった。帰路の飛行機の中でも一緒になった。その時には婚約者との仲が破綻して彼女は苦しんでいた。Bécaudは「一緒に朝食を」と、パリ郊外にあった木造の別荘に招待した。着くと彼女はピアノに寄りかかり「Et maintenant quest-ce que je vais faire?/今、私はどうしたらいいのかしら」とつぶやいた。Bécaudから電話があって、「曲の出だしが出来た。直ぐ来てくれ」。そして曲はその日のうちに完成した。[曲は「What Now My Love」のタイトルで英語の歌詞が付けられ、Sammy Davis Jr.、Aretha FranklinBrenda LeeElvis PresleyFrank SinatraBarbara StreisandDionne Warwickらが歌っている]

 

・・Natalie」についてDelanoëは語っている・・Bécaudは私の曲をしばしば拒否した。「Natalie」を歌わせるのに1年掛かった。最初はNatachaという名を考えていた。共産圏で叶わぬ恋に生きる女性として。Bécaudに歌詞を見せるたびにはねつけられた。そして「もっと強烈なイメージが欲しい」と言われた。そこで[この曲の歌い出しの部分]「La Place Rouge etait videDevant moi marchait Natalie./赤の広場に人影はなかった。僕の前をナタリーが歩いていた」と口から出たとき、彼はピアノに向かった。曲作りは1時間で終わった。[なお、曲中に現れるCafé PouchkineDelanoëの創作によるものだが、Pouchkine生誕200年に当たる1999年、Kremlinに近いTverskoi通りにBécaud出席のもと開店。2010年パリのPrintemps百貨店の1階にCafé Pouchkineがオープンしたが、これは、モスクワのCafé Pouchkineとは関係ない由]

 

・ユーグ・オーフレHugues Aufray:「Le rossignol anglais/英語で歌うナイチンゲール」「Debout les gars/立ち上がれ男の子たち」、「Je ne pourrai toublier tout à fait/君を完全に忘れることは出来ない」、「La fille du Nord/北の少女」、「Le jour où le bateau viendra/船の来る日」

・ジャン=クロード・パスカルJean-Claude Pascal:「Soirées de Princes/王子たちの夕べ」

・ジョー・ダッサンJoe DassinDelanoëはダッサンを中心に集まった『Bande de Joe/ジョーの一味』のメンバー):「A toi/君に」、「Ça va pas changer le monde/それが世界を変えることはない」、「Et si tu nexistais pas/君がいなければ」、「Il était une fois nous deux/かつて我々二人がいた」、「LAmérique/アメリカ」、「Le petit pain au chocolat/小さなチョコレートパン」、「Les Champs-Elysées/オー、シャンゼリゼ」、「Lété indien/インディアンサマー」(「Deauvilleの温泉にいた。ぐったりするような暑さで、NYの秋の湿り気のある暑さを思い出した。そう言えばアメリカ人はそんな気候を『Lété indien』と呼んでいたっけ。この言葉が気に入った」)、「Le chemin de papa/パパの歩いた道」

・ジャック・デュトロンJacques Dutronc:「La vie,lamour, cest dingue/人生、愛、それはどうでも良いもの」

・ジョニー・アリディJohnny Hallyday:「Derrière lamour/愛の背後に」

・ジュリエット・グレコJuliette Gréco:「De Pantin à Pekin/パンタンから北京へ」

・ルシエンヌ・ヴォワイエLucienne Boyer:「Mes mains/メ マン」(創唱)

・ミシェル・デルペッシュMichel DelpechInventaire 66/1966年財産目録」

・ミシェル・フガンMichel Fugain:「Je naurai pas le temps/僕には時間がない」(1967年Fugainのデビュー曲、Fugainは「それなのに時間がないとは!」)、「Bravo monsieur le monde/ブラヴォー、地球よ」、「Chante comme si tu devais mourir demain/歌え、今日を限りの命のように」、「Une belle histoire/美しい物語」(日本のコーラスグループ「サーカス」の「Mr.サマータイム」の原曲、内容はかなり異なる)

・ミシェル・ポルナレフMichel Polnareff:「Le bal des Laze/ラーズ家の舞踏会」、「Hey! You Woman」、「Gloria/忘れじのグロリア」

・ミシェル・サルドーMichel Sardou:「En chantant/歌いながら」、「Etre une femme/女性であること」、「Jaccuse/私は告発する」、「Je viens du sud/僕は南仏出身」、「La java de Broadway/ブロードウェイのジャヴァ」、「Le France/フランス号の曳航」(「この豪華客船が売却されるのは一つの時代の終焉を意味すると思った」)、「Le temps de colonie/植民地の時代」、「Les lacs du Connemaraコネマラ湖」、「Les vieux mariés/永遠の絆」、「Vladimir Ilitch/ウラディミール・イリッチ」(Lenineの本名)

・・Les vieux mariés」についてDelanoëは語っている・・Jacques Brelが「Les vieux/老夫婦」を発表した1963年、昼食を一緒にしたときBrelに言った。「君にはうんざりだ。この曲は老人の希望のない肖像画じゃないか」。そしてBécaudに、同じように老人をテーマにしてもっと希望的な、楽観的な曲を歌うように提案したが、受け入れられなかった。1973年になって「Les vieux mariés」をSardouが歌ってくれた。

・ミレイユ・マチューMireille Mathieu:「Mesieurs les musiciens/ミュージシャンの皆さん」「Quelle est belle/彼女は何と美しいこと」、「Ecoute ce cri/この叫びを聴いて」

・ミルヴァMilva:「Les quais de la gare de Berlin/ベルリン駅のホーム」

・モーリス・シュヴァリエMaurice Chevalier:「Quand jaurai 100 ans/100歳になったら」(1968年のChevalier引退公演のために作詞)

・ナナ・ムスクーリNana Mouskouri:「Comme un soleil/太陽のように」、「Je chante avec toi liberté/自由よ、私はあなたと共に歌う」、「Lamour en heritage/引き継がれた愛」(創唱)、「Ma verité/私の真実」、「Adieu Angelina/さよなら、アンジェリーナ」

・ニコレッタNicoletta:「Il est mort le soleil/太陽が消えた朝」、「La solitude ça nexiste pas/孤独なんて存在しない」(創唱)

・ニコル・クロワジルNicole Croisille:「Une femme avec toi/あなたと一緒の女性」、「Je ne suis que de lamourO嬢の物語」、「Femme/女性」

・シルヴィー・ヴァルタンSylvie Vartan:「La Maritza/思い出のマリッツア」、「Quest-ce qui fait pleurer les blondes?/ブロンドを泣かすのは誰」、「Tu ne me parles plus damour/あなたはもう私に愛を語らない」

・・「La Maritza」についてDelanoëは語っている・・Vartanのために曲を依頼されたとき、彼女の出身地、ブルガリアとソフィアについて「Petit Larousse」事典で調べた。よし、この川がある、面白いと思い詩にした。作曲者のJean Renardはルフランの部分をバルカン地方の民謡から想を得たが、「Les feuilles mortes/枯葉」の作曲家Jeseph Kosmaの出版社から盗作の疑いをかけられた。

・ティノ・ロッシTino Rossi:「Deux amants/二人は恋人」

・イヴ・モンタンYves Montand:「Cartes postales/絵葉書」

 

<曲のご紹介>

★「Bravo Monsieur le Monde 素晴らしい地球よ、ありがとう 
Pierre Delanoë作詞、Michel Fugain作曲、歌唱 Delanoë 1974)

ブラヴォー Monsieur Le Monde 
脱帽 Monsieur Le Mond
いつか人々がこう言う時があるかもしれない
地球はいつまでも同じように元気でいられるわけではないと

地球よ、あなたの山々にブラヴォー、美しく素晴らしい山々
あなたの四季に賛辞を、四季は私達にシャンソンの着想を与えてくれる
海にブラヴォー、海の蒼よりもっと青いものなど見たことが無い
どんな交響楽も、雨と愛し合う雷ほど豊かなハーモニーを醸し出すものはない
麦の穂を踊らせ、大海原を震わせる風にブラヴォー、太陽と火山の怒りにブラヴォー
虹にブラヴォー、子どもの心を喜びで満たす虹に
ブラヴォー Monsieur Le Monde 
脱帽 Monsieur Le Mond
私達はあなた許しを請う
あなたを痛めつけ傷つける全ての者達に代わって許しを請う

ブラヴォー Monsieur Le Monde 
ブラヴォー 白い鳩のために
あなたが白い鳩の命を永らえさせてくれるなら、それだけで私達はあなたに言うだろう
Merci
ありがとうと

http://www.youtube.com/watch?v=PVVlfsgl1Kc

白い鳩」は 平和の象徴

★「Et maintenantPierre Delanoë作詞Gilbert Bécaud作曲・歌)

・・今、僕はどうしたらいいのだろう、これからの僕の人生で、君が去ってしまった今。夜は何のために、誰のためにあるのだろう。この心臓は誰のために、何のために脈打つのか。僕の人生はどんな虚空に向かっていくのか。君は全世界を僕に置いていったけど、君のいない世界はあまりにも小さい。パリさへも退屈で、パリのどの通りも僕の神経をすり減らす。今、僕はどうしたらいいのだろう、涙を流さないために笑ってしまおうか。僕は夜には身を焦がし、朝には君を恨む。そしてある日僕は道の終わりを見るだろう、花もなく、涙もない終わりを。僕にはもうやることは何もない、本当に何も・・

http://www.youtube.com/watch?v=p1H_dMrDUNo

 

 

La MaritzaPierre Delanoë作詞、Jean Renard作曲、歌Sylvie Vartan

・・マリッツア川は私の川、セーヌ川があなたの川であるように。でも今その川を時々にせよ思い出すのは私の父しかいない。私の10歳までのものは何も残っていない。みすぼらしい人形さへ。残っているものと言ったら昔の歌のちょっとしたルフランだけ。ララララ・・。私の川の小鳥たちは皆、私たちに自由を歌っていた。私にはほとんど分からなかったが、父はその歌を理解することができた。地平線が暗くなると鳥たちは出発した、希望という道に沿って。そして私たちも鳥の後を追った。パリへと。私の10歳までのものは何も残っていない。でも目を閉じて私は聞く、父が歌うあのルフランを、ララララ・・

http://www.youtube.com/watch?v=jb2wp3qE-k0

 

今月の顔 2020年11月 novembre 2020

ニコラ・ペイラック Nicolas Peyrac

Nicolas Peyracは1975年11月TV番組に出演「Et mon pèreそして 父は」を歌った。

Et mon père」(1975年 Nicolas Peyrac作詩/作曲)

 1975年11月29日TVNuméro un/ナンバー ワン」で。

背景の映像は当時のSaint-Germain-des-Prés のcave(地下の酒場)

 https://www.youtube.com/watch?v=Ol7-InPByuU

歌詞の大意:

・・あの当時ダンスをするのにワウ・ペダルは必要なかった。ボサ ノヴァではなかったけれど、体を激しく動かした。地下の酒場は奥深く、ダンスは止まらなかった。古いピアノが騒々しく演奏され、いかれた連中が踊っていた。JulietteGréco)の鼻は生まれた時のままだったし(注)、(LouisAragonは軽薄ではなかったし、(Jean-PaulSartreはすでにコミットしていた。Café de Floreにはすでに無分別さがあった。 そして僕の父は着いたばかりで、小店主たちとよく付き合っていた。父の部屋で、コーヒーを物々交換していた。父は僕がいつかそのことを話題にするとは思っても見なかっただろう。 当時異性と交際する時には、お互いに指先で触れ合った。ピルはまだなかったし、あんなことをしてはいけなかった。お互いに愛していると言い、時には愛し合うこともあった。 今ではでたらめ話を2回、長い口上を3回、それで直ぐコトに及ぶ。 AdolfHitler)小父さんは銃で自殺し、(愛人の)EvaBraun)は付いて行った。彼は女性を引っかけようとするだろう、でもあの世には愚かな女はいない。 そして父は早速植え付けようとしていた、後に歌手になる馬鹿者の種を。彼は僕に弟たちが出来るとは思っても見なかった。 この時代、歌っていれば金なんて大事じゃなかった。ヒットパレードはまだなかった。少なくとも大したものじゃなかった。何週間もあるいは何年かけてもトリップ状態にならなければ、商売替えをすることが出来た。(CharlesTrenetは何年も頑張っていたし、(GeorgesBrassensは四苦八苦していたし、(GilbertBécaudは自分のピアノを磨いていたし、MonsieurJacquesBrelはまだ常軌を逸した女性たちを歌ってはいなかった。 そして父はまだいくらかの人間性が残っている土地に着いたばかりだった。そこでは人々は疲れ切ってはいたが、語ることが出来た、未来について。 Julietteの鼻は生まれた時のままだったし、Aragonは軽薄ではなかったし、Sartreはすでにコミットしていた。Café de Floreにはすで無分別さがあった。 そして父はまだいくらかの人間性が残っている土地に着いたばかりだった。そこでは人々は疲れ切ってはいたが、語ることが出来た、未来について・・

 (注)Julietteの鼻・・Juliette Grécoは1946年から恋人であった自動車レーサーJean-Pierre Wimille(1908-1949 テスト走行中に事故死)の勧めにより1940年代末に最初の鼻の整形を行い、その後も都合3回の整形を行ったと言われている。

 

1.          Nicolas Peyracの略歴

Nicolas Peyrac、本名Jean-Jacques Tazartez194910日ブルターニュ地方、Rennes生まれのACI、作家。 幼年時代をブルターニュ地方で過ごし、両親が離婚した後母親について1年間NYで過ごす。その後ブルターニュ地方の父の許へ。祖父、父が医師であったことから、医学を学ぶ。その傍ら曲を作りMarie Laforêt(1973年、「Tant qu’il y aura des chevaux」)、Gérard Lenorman(1975年「Ailleurs」)らに提供。その後1974年から自分でも歌うように。1975年4月の「So far away from LALAから遠く離れて」、1975年11月の「Et mon père/そして父は」がヒット。

 「So far away from LA」 https://www.youtube.com/watch?v=ipt3ekGv0Mo

 

その後「Je pars/僕は出発する」(77年)、「Elle disait/彼女は言っていた」(82年)、「Et même/もし、仮に」(89年)などがヒット。

 「Je pars」 https://www.youtube.com/watch?v=stGUsmBboM4

 

1978年11月武道館で開催された第9回ヤマハ世界歌謡祭に出場、「Et les hommes/(邦題)愛の戦士」を歌っている。

1979年にはvedetteとしてOlympiaに出演。1981年にはBobinoに出演している。

1990年代に入り母親の死去などから鬱になったこともあり、1993年から15年間、カリフォルニアに、次いでCanada QuébecMontréalに移り住む。

この間曲作りをし、アルバムをリリース。リリースされたアルバムには:

1993年「Tempète sur Ouessant/ウエサン島の嵐」、1995年「J’avace/僕は進む」、1999年「Autrement/他の方法で」、2003年「Seulement l’amour/愛だけ」、2006年「Vice-versa/逆も同様に」がある。

また時折Parisに帰ってコンサートを行った。即ち1996年5月Casino de Parisに出演(この模様はliveアルバム「Puzzle」に収録)、1997年1月Bobinoに出演など。

他に、小説(1994年「Qu'importe le boulevard  tu m'attends」、1996年「J’ai su dès le premier jour que je la tuerais」)の執筆や映画評論の執筆などの活動を行った。

2008年ブルターニュに帰り、2009年アルバム「Case départ/振り出し」をリリースしてフランスでの活動を再開した。

2010年CD3枚組み56曲収録compilationPlatinum collection/プタチナコレクション」がリリースされている。

2011年にはアルバム「Du Golden Gate à Monterey/ゴールデンゲイトからモントレイまで」をリリース。

2013年にリリースした「Et nous voilà/そして我々はここに」には自身の過去のヒットを主に若手歌手とデュオでカバーした12曲が収録されていて、「Et mon père」はCarmen Maria Vegaと、「So far away from L.A.」はSofia Essaïdiと、「Je pars」はSerge Lamaと、「Seulement l’amour qui vaille la peine/苦しむ甲斐があるのは愛だけ」をJulie Zenattiと、「On dit」をBénabrと歌っている。

So far away from LA」 Essaïsiと https://www.youtube.com/watch?v=h19rrs6y6WM

 

20181月にリリースした「Suffit que tu oses/君は思いきってやるだけで十分」には過去の自身の有為転変を語り、苦しいことがあっても決して諦めないこと、何があっても立っていようと歌う、「On tien debout立っている」、「La laissez pas tomber/彼女を放っておくな」、「On aura tous les deux vingt ans二人とも20歳になる」、「Suffit que tu oses」、「C’ était ça ma vieそれが僕の人生だった」、「On se retrouvera再び出会うだろう」、「J’aimarais bien dire au temps qui passe過ぎ去って行く時間に話しかけたい」など13曲が収録されている。

  「C’ était ça ma vie」 https://www.youtube.com/watch?v=4gPv9CSTzVQ

 

Peyracは控えめな性質から、マスメディアに登場することも少なく、大規模ツアーを行うこともないが、数年毎に、優しい暖かみのある声で、中身の濃い、良質なアルバムを出している。

 

2.Et mon père」について

1974年のある朝PeyracPitié Salptêrière大学病院での授業に出ていた。「神経病に関する講義だったか、Adisson病に関する講義だったかよく覚えていないが、講義は退屈だった。そんなときの常で、私は講義内容を記録するノートとは別のノートに思いつく詩句を書いた。その日は父のことを思い出した。父は失敗を犯してこそ成功があると語っていた。そして創造すること、特にシャンソンを作ることが私のやりたいことなら、私を応援すると言っていたことを思い出した。もう教授の言うことは聞こえなかった。言葉が次々ノートの上に現れてきた。講義が終わった時には詩が完全に出来上がっていた。その日は私にとって吉の日だったのか、学生寮に帰るまで、Rue JeannnD’Arcを歩いていて曲も出来た。楽譜を書くことが出来なかった私には、いつも恐れていることがあった。それは曲をカセットに録音する前に誰かが私に話しかけてきて、曲の糸が切れてしまうのではないかという。寮に着くと直ぐに録音した」。 カセットは机の引き出しにしまわれた。 数年後PeyracPathe Marconi社と契約することが出来、まず「So far away from LA」を録音した。SPは1975年4月15日にリリースされ、10万枚以上の売り上げというヒットになった。2枚目のレコードを出すことになり、しまってあった「Et mon père」を取り出し、「Tu rêvais de Mappenmondes/君は地球儀を夢見ていた」とのカップリングで1975年11月1日SPリリース。レコードは1976年上半期までに80万枚以上の売り上げという大ヒットになり、「Et mon père」はSACEMGrand Prix de l‘Unacを受賞した。

この曲のヒットにより、Peyracは歌手としての地位を確立。1976年Théâtre de la Ville de Parisvedetteで出演、Serge Lamaの前座で200公演に及ぶLamaの国内ツアーに同道。 また、Dalidaは1977年1月のOlympia公演でPeyracを前座で招いた。

この曲はPeyracの代表曲でPeyracは最近でも様々な機会にこの曲を歌っている。また、上記の通り2013年リリースのアルバム「Et nous voilà」ではCarmen Maria Vegaとデュオで歌っている。

  「Et mon père2011年 https://www.youtube.com/watch?v=Zs6Te12WYxg

  「Et mon père」2013年Vegahttps://www.youtube.com/watch?v=dRS3TFXEbGY

Et mon père」2019年8月https://www.youtube.com/watch?v=ghq4hq8XeN4

 

今月の顔 2020年10月 octobre 2020


フランシス・ルマルク Francis Lemarque

 

Francis Lemarqueは1965年10月7日TVに出演、ヒット曲「A Paris/パリで」を歌った。

 

A Paris(1946年 Francis Lemarque 作詞作曲

  1965年10月7日TV番組「Palmarès des chansons/シャンソンヒットパレード」で

 https://www.youtube.com/watch?v=tH6Jowp1-qg

 

歌詞の大意:

・・パリでは一つの恋が花開けば、二つの心は何週間も微笑み合う、何故なら二人が愛し合っている場所がパリだから。 春には屋根の上の風見鶏がくるくる回って愛嬌を振りまく、しかし初めて吹く春風は知らん顔して行き過ぎる。 何故ならパリにやって来た風が考えていることはただ一つ、おしゃれなパリの町並みをぶらつくことだから。 風と昔からの友だちの太陽は一緒になってお祭り騒ぎ、酔っぱらって2人の中学生のように肩を組んでパリの街へ。  道すがら屈託なくパリは変わったかしらと観察する。 やはりいる、タクシー乗り場の手前で係員にばれないようにこっそり客を乗せる流しのタクシーが。 カフェーではあらゆる種類の人々があらゆる種類の飲み物飲みながら、朝からずっと座って大げさな身振りで話している。 そしてセーヌ河がある、どんな時間にもセーヌを訪ねる人がいる、じっとセーヌを見つめている人たち、その人たちはセーヌに恋した人たち。 セーヌに住み着いた人もいる、その人たちは週日には毎日昼にセーヌで体を洗う。 それにいろんなことがあって、それを忘れるためにセーヌに身を投げる人がいる。 でもセーヌが好きなのはゆっくり川面を進む綺麗な船、流れに乗ってカラヴェル船を気取っている。 やっかい事はパリだけにある訳じゃない、世界中どこのでもある、でもやっかいなのは世界中どこにでもパリがある訳じゃないこと。 パリでは7月14日、提灯の下で、アコーデオンに合わせて、街の通りでみんなが踊る。 パリではバスティーユが陥落した時から、下町の四つ辻ではどこでも、男たちが、女たちが、石畳の上で、夜も昼もなくくるくる回って踊っている。 パリでは・・ 

 

1.Francis Lemarqueの略歴

Francis Lemarque、本名 Nathan Korb、は1917年12月25日Paris生まれ、2002年4月20日Paris郊外で死去したACI。両親はユダヤ系の移民。生地はParisの庶民的な街の中心Bastille広場の近く、51,rue de Lappe、11区、アパートの3階。現在、生家にはプレートが付けられている。アパートの地下1階にはダンスホール「Bal des Trois Colonnes」があった。Lemarqueの回想「午後から夜にかけて多くのバーやビアホールで楽隊がミュゼットやジャヴァを演奏していた。『Bal des Trois Colonnes』から聞こえてくる『Les nocturnes/ノクターン』(Georgette Planaにヒット曲)は物心ついた私がよく聞いた曲で、今でもそのルフラン『Ce sont les nocturmes, les papillons de nuit・・/あれはノクターン 夜の蝶・・』を口ずさむと懐かしさで身が震える」。Lemarqueは終生この街を愛し、75歳の誕生日は同地にあるダンスホールBalajo(9,rue de Lappe)で祝っている。

11歳で働きに出だし、家庭用品の販売員、鋳物工場の工員、メッセンジャーボーイ、毛皮商、端役の役者など36種の職を経験したと言われている。1934年、兄のMauriceと組んでデユオで歌っていたところLouis Aragonに気に入られて「Les frères Marc/マルク兄弟」という芸名をもらった。Jacques Prévertと共演する機会があり、Prevértを通じてMouloudjiなどの知己を得る。第2次大戦中はMarseilleでレジスタンス活動に参加。母親はアウシュヴィッツから帰らなかった。

 

1945年にParisに戻り、ソロ歌手としての道を進み、rive gaucheのキャバレーでギターの弾き語り。1946年ステージのYves Montandを初めて聞いた時、そのパフォーマンスに圧倒され、歌手の道を進むより、シャンソンを書く方が向いているのではと考えた、Jacques Prévertを通じて、自ら作詩・作曲した「A Paris」などをMontandに提供。

 

1949年LemarqueJacques Canettiの勧めにより歌手としての活動を再開し、「Les Trois Baudets」、「Rose Rouge」「L’Echelle de Jacob」などに出演。1949年「A Paris」を収録した最初のSPを出し、同年には他に「Cornet de frites/フライドポテトの三角袋」、「Bal,petit bal/小さな舞踏会」などもSPで出している。それにより歌手としての評価が定まった。

 

その後:

1949年「A Paris」がSACEMPrix Vincent Scotto受賞

1951年「Le cocher d fiacre/辻馬車の御者」がACC大賞受賞

  https://www.youtube.com/watch?v=ycPkUppAg90

1953年「Le petit cordonier/小さな靴屋さん

https://www.youtube.com/watch?v=HagdXFPNghE

1953年「Quand un soldat/兵隊が戦争に行く時」

  https://www.youtube.com/watch?v=80arAJELM34

1956年「La grenouille蛙」がACC大賞受賞

https://www.youtube.com/watch?v=LU2HkvZYB4M

1957年「Marlolaine

  https://www.youtube.com/watch?v=4gAHHezDdmc

1958Olympiaに出演。Paul AnkaColette Renard

1958年「L’air de Parisパリの空気」がPrix Vincent Scotto受賞

  https://www.youtube.com/watch?v=xqzh1gfH3kw

1965年「Le bar du dernier verre」がAntibesPrix de Rosed‘Or受賞

  https://www.youtube.com/watch?v=nKjg6Oy4x-Y

1973年LPParis Populi/パリの庶民(1789年から1944年までのParisの人々の物語)でACC大賞受賞。「Bonnes gens/善良な人々」、「1830,Faubourg St Antoine/1830年フォーブール サン=トワンヌ」、「A votre cœur/あなたの心に」、「Après dix ans d’exil/10年の亡命」、「Hugo de Paris/パリのユーゴ」など収録

  「Hugo de Paris1988Théâtre de l‘Este parisien

  https://www.youtube.com/watch?v=DCWB90gwLmo

1978Grand Prix du Président de la République受賞

1982Grand Prix national de la chanson受賞

1986SACEM大賞受賞

1989OlympiaVedetteとして出演

1989LP枚組み「A la decouverte de la chanson populaire/大衆に人気のシャンソンを求めてReader’s Digest社が選んだLemarque及び他の歌手のヒット曲100曲収録)でACC大賞受賞

199214日自伝「J’ai la mémoire qui chante/我が思い出は歌う」刊行

1992Légion d’Honneur Chevalier勲章受章

2002月最後のリサイタルViarmesVa-d‘Oise県)

200220Paris郊外Marne河畔La Varenne-Saint-Hilaireの自宅で死去、享年84歳。遺体はPère-Lachaiseの44地区(Montandの隣、Michel Legrandも同じ地区)に埋葬されている

2003年新人歌手を対象にしたSACEMPrix Francis Lemarque創設

201018曲を収録したcompilation 「A Paris + 17 succès de Francis Lemarqueパリでフランシス・ルマルクのヒット17曲」がリリースされている。収められているのは:「A Paris」、「Majolaine/マジョレヌ」、「Bal, petit bal/小さな舞踏会」、「Les routiers/トラックの運転手」「Mathilda/マチルダ」、「Le petit cordonnier/小さな靴屋さん」、「Mon copain d’Pekin/北京の仲間」、「Cornet de frites/フライドポテト袋」、「Lair de Paris/パリの空気」、「Toitu ne ressembles a personne/君は誰にも似ていない」、「Paris se regarde/自分を見つめるパリ」など

 

Lemarqueは生涯で400曲以上を作詞・作曲、あるいは作詞または作曲している。それらはLemarque自身及び多くの歌手が歌っていて、その歌手の代表曲になったものも多い。特にYves Montandは「A Paris」、「Ma douce Vallée/我がやさしき谷間」、「Quand un soldat」、「Les routiers」、「Je suis venu à pied/僕は歩いてきた」、「Cornet de frites」、「Bal, petit bal」、「Le cocher de fiacre」、「Marjoleine」、「L’assassin du dimanche/日曜日の暗殺者」、「Les petits rien/つまらないこと」など30曲を歌っている。

 「Quand un soldathttps://www.youtube.com/watch?v=lEJyRJQ8fro

 「Je suis venue à piedhttps://www.youtube.com/watch?v=G0kL9rUhHrs

 

他にEdith PiafJohnny,tu n’es pas un angeジョニー、あんたは天使じゃない」Maurice ChevalierLe tueur affamé殺人鬼」MouloudjiRue de Lappeラップ通り」、Yvette GiraudLa grenouille蛙」Juliette GrecoElles ne tirent plus l’aiguille彼女たちはもう針を持たない」、Marlene DietrichOù vont les fleurs花はどこへ行った」・・「Where have all the flowers gone?」にLemarqueがフランス語の詩を付けたAbdre ClaveauMarjoleineRenée LebasL’air de ParisDanielle DarrieuLe temps du muguet/スズランの季節DalidaMarjoleine50人以上の歌手が歌っている。

 Edith Piaf Johnny tu n’est un ange https://www.youtube.com/watch?v=NFS8aaqWqec

 Mouloudji 「Rue de Lappe」 https://www.youtube.com/watch?v=G0kL9rUhHrs

 Dalida 「Marjolaine」 https://www.youtube.com/watch?v=7YS0sDz_JVA

Danielle Darrieu Le temps du muguet」 https://www.youtube.com/watch?v=-QXIFJQGqao

 

 

2.「A Paris」について

1946年歌手としてrive gaucheのキャバレーでギターの弾き語りをしていたLemarqueMontmartreLe Club des CinqEdith Piafの前座で出演していた当時25歳、人気上昇中のYves Montandのステージを見た。Montandは「Battling Joe」、「Dans les plaines du Far West」などを歌った。Lemarque談「それはショックだった。Montandは私がなりたいと思っていた歌手そのものだった。私は全く意気消沈した。すでに30歳近くになっても頭角を表さないでいる自分は歌手としてよりもシャンソンを書く方が向いているのではと考えた。そして劇場を出る時にはMontandのために曲を作れたらと思うようになっていた」。そして旧知のJacques PrévertMontandとの仲介を依頼。Prévertは1946年公開Marcel Carné監督映画「Les portes de la nuit/夜の門」の脚本を担当。この映画で主役を演じたMontandは劇中Prévert作詩、Joseph Kosma作曲の「Les feuilles mortes/枯葉」を口ずさんでいる。LemarqueMontandに「A Paris」など数曲を示した。Montandは「A Paris」、「Je vais à pied」、「Ma douce Vallée」、「Bal, petit bal」を選んだ。これがLemaqueMontandのその後の長い協力の第1歩となった。

なお、Fabien Lecœvre著「DictinnaireHistoire des chanson de A à Z」によれば:Montandは当初「A Pris」を歌うことに躊躇した。そこでLemarqueEdith Piafに持って行った。Piafはこの曲を「素晴らしい。きっとヒットするわ」と評価した。しかしPiafは当時Parisを歌った曲でLéo Ferréの作曲による「Les amants de Paris/パリの恋人たち」をレパートリーに加えたばかりであったこともあり「A Paris」を歌うことはなかった。

 

Montandは「A Paris」をOdeon社から1948年SPB面でリリース。Montandには1959年及び1981年に録音したlive版がある。

 Montand(不明)https://www.youtube.com/watch?v=bDjrL0Zlkdw

 Montand(1981年Olympia公演) https://www.youtube.com/watch?v=0do-UYWZKoY

 

LemaquePolydor社から1949年SPでリリース。B面「Le tueur affamé」とのカップリング。これはLemarqueの最初のレコード。その後1953年にはEPに「Le petit cordonnier」、「Toi tu ne ressembles à personne」、「Quand un soldat」と共に収録、1964年には30cmLPLes grandes chansons」などに収録されている。

 

A Paris」は1949年SACEMPrix Vincent Scotto(最も優れた「chanson populaire/庶民的シャンソン」に与えられる)を受賞。

 

A Paris」は他にPatahcou(1955年)、Colette Renard(1959年)、Josephine Baker(1963年)、Jacqueline François(1970年)、Zaz(2014年)らがレーコーディングしている。また、TV番組などでは多くの歌手が歌っている。

 Patachou  https://www.youtube.com/watch?v=bwvk233Pnr8

 Jacquline François  https://www.youtube.com/watch?v=sEZxDEOuCwI

 Zaz  https://www.youtube.com/watch?v=Q-Nt7J8hgp4

 Natasha St Pier (2014年TV番組で) https://www.youtube.com/watch?v=AovBFku2iew

今月の顔 2020年9月 

Enzo Enzo エンゾ エンゾ

1994年9月5日TVに出演、最大のヒット曲「Juste quelqu’un de bien/ごく普通のいい人」を歌った。

 


Juste quelqu’un de bien(1994年 Kent作詞作曲

1994年9月5日TV番組「Le cercle de minuit/真夜中の集い」で 

https://www.youtube.com/watch?v=PPyZOt0xQr4

 

歌詞の大意:(試訳)

・・自分の幻想と向き合い立っている一人の女性、もう何ものも彼女の心を乱すものはない。うち捨てられたという気持ちに捉えられ、憂鬱感に騙される。 彼女は自分の人生で何を記憶にとどめているか。壁の目につくところに飾ってあるニスを塗った綺麗な額の中に、彼女は人生のどんな絵を再び見つけることができるというのか。 テクニカラーの結婚式、パステル画調のカップル。大した努力もせずに月に2、3回はお祭り騒ぎをするのに十分な収入。 彼女はみんなと同じように夢見た、人気スターと「tu」で話す程親しくなることを。しかし彼女の夢は消え去り、今の彼女の望みは・・・ごく普通のいい人であること、ごく普通のいい人で。心は手の届くところにある、ごく普通のいい人であること。大きな運に恵まれなくても、人に愛される女友達であること。ごく普通のいい人であること、ごく普通のいい人で・・・。 私に起こる、エンジン音はすべて切られ、乾燥して不毛な大地の上で、人生が虚空に身を乗り出すような時も。 私は不安を抱えて夜明けに夢想する、太陽は不幸を望んでいるので、私の疑問をいやしてくれる答えはない。 私はパン屋の奥さんに「今日はと」言い、老婦人のためにはドアーを押さえている。母の日には花束を贈り、週末はアムステルダムで過ごす。 あなたがまだもう少し私を愛してくれるように、軽蔑しか期待できない時に、神様が立ち去ってしまう時に、誰が私に言ってくれるだろうか、私は・・・ごく普通のいい人だと、ごく普通のいい人。心は手の届くところにある、ごく普通のいい人だと。、大きな運に恵まれなくても、人に愛される女友達であると。ごく普通のいい人だと、ごく普通のいい人だと・・・。 私は思いたい、すべての男性が立ち止まって、ローマへの道を進むという野望を時にはやめようと考えていると、そして道路の路肩で、非常駐車帯で生きるとことの恐怖を知っていると。 見かけ以上であることを話題にし、疑っている人々のように・・・ごく普通のいい人であること、ごく普通のいい人で。心は手の届くところにある、ごく普通のいい人であること、大きな運に恵まれなくても、人に愛される友達であると。ごく普通のいい人であると、ごく普通のいい人で・・・

 

1.Enzo Enzoの略歴

Enzo Enzo、本名Korin Ternovtzeff195929Paris生まれのACI。 父親はロシア系。1970年代終わりから1980年代初めロックトリオ Lili Dropのベーシストとして活動。Lili Dropは「Sur ma mob/私のミニバイクで」などのヒットを持ち、フランスのロックグルーとしてそれなりの評価を得ていたが1981年解散。KorinEnzo Enzo(フェラーリの創設者 Enzo Ferrariからと言われている)の名で1982年からソロ歌手に転じ、優れた作詞家・作曲家(Kentなど)、アレンジャー(François Bréantなど)に恵まれて活躍。1990年ファーストアルバム「Enzo Enzo/エンゾ エンゾ(邦題)エトランゼの吐息」をリリース。「Les yeux ouverts/両目を開いて(邦題)夢の中の愛」(「Dream a little dream of me」にEnzo Enzoがフランス語の詩を付けた)、「Chanson confidentielle/内密のシャンソン」など12曲を収録、10万枚以上の売上げのヒット。

  「Les yeux ouverts」 https://www.youtube.com/watch?v=7Xgh3aIFpfU

1991Francofolies de la Rochelleに出演、その後国内、ヨーロッパなどツアー。このツアーの間に来日公演、日本でも人気に。Enzo Enzoはその後「阪神淡路大震災のチャリティーコンサート」を含め7、8回の来日公演を行っているらしい。

 「Chanson confidentielle1998月日本公演で 

https://www.youtube.com/watch?v=SlQnek8whrU

 

1994年にはセカンドアルバム「Deux/2」をリリース。これには「Juste quelquun de bien」など12曲が収録されていて35万枚以上の売上げ。1995年VdMでは女性歌手賞と「Juste quelquun de bien」でオリジナルシャンソン賞を受賞。

 

1995年Jacques Rivette監督映画「Haut bas fragile/(邦題)パリでかくれんぼ」にクラブ歌手の役で出演。

 「Le balダンスパーティー」映画 「Haut bas fragile」から 

https://www.youtube.com/watch?v=nfRzA3bPt8k

 

1997年2月24日にはサードアルバム「Oui/ウイ」をリリース。このアルバムは同年4月23日ソニー・ミュージック社から来日記念アルバム「ウイ」として日本でもリリースされ、その際には収録曲にそれぞれ日本語のタイトルが付けられている。アルバムに収録されているのは:「L’amour est un alcool/(日本語のタイトル)愛は陶酔」、「Les idées bizarres/(同)おかしな考え」、「Dans tes bras/(同)あなたの腕の中で」、Paris Bretelle(同)ブルテル」、「Désinvolte/(同)無造作」、「A nos chagrin d’amour/(同)愛の痛み」、「Jeudi/木曜日」 など11曲。 

Les idées bizarresおかしな考え」clip officiel 

https://www.youtube.com/watch?v=i7ofjE6dhKA

 

1997年には優れた若手作詞家、あるいは作曲家に与えられるSACEMRaoul Breton賞を受賞。また、1998年のVdM女性歌手賞にノミネートされた(受賞はZazie)。

 

2000年代に入ってからも定期的にアルバムをリリース、2010年3月には「Têtue/頑固者の女」。これには「Quand jétais mère/私が母親だった頃」、「La chose la meilleure/最も素晴らしいこと」(Victor Hugoの詩集「Les voix intérieuses/内心の声」に収められていた詩「Puisquici-bas toute âme/この地上ではいかなる魂も」にBertrand Pierreが曲を付けたもので、Pierreとのデュオ)など14曲が収められている。

La chose la meilleure

https://www.youtube.com/watch?v=S2uc7_VA23I

 

最新アルバムは2011年リリースの「Chanson d’une maman pour culottes courtes (Chansons d’une maman vol 2)/小学生のための一人の母のシャンソン(一人の母のシャンソン vol 2)」。これには「Le soleil et la lune/太陽と月」、「Salade de fruits/フルーツサラダの歌」、「Dans les plaines du Far West/西部の草原で」、「Cloin- Clopant/クロパン・クロパン」、「J’ai deux amours/二人の恋人」など過去のヒット曲のカバー12曲収録。 

Salade de fruits」 

https://www.youtube.com/watch?v=4palnv2dAHI

 

Enzo Enzo201416ParisBois de BoulogneにあるThéâtre du Jardin dAcclimatationで女流詩人Marie Nimier(1957-)の詩を朗読し、またNimierの詩にArt MengoDaniel Lavoieら曲を付けたシャンソンを歌うコンサートを開催。その後同様のコンサート「Enzo Enzo chante Matie Nimier」をParisLes Trois Baudetsなどフランス国内各地で行った。

Enzo Enzo chante Matie Nimier」 

https://www.youtube.com/watch?v=NDD9anSS488

 

2018年からはLaurent Viel生年不詳 俳優・歌手及びThierry Garcia生年不詳 ギタリスト・アレンジャーと組んで音楽スペクタクル「Chacun sa famille誰にも家族がある」Pascal MathieuRomain Didierをフランス国内各地で上演。「Chacun sa famille」2018年7月にはAvignonのフェスティヴァルで上演された。

 「Chacun sa famille」 

https://www.youtube.com/watch?v=u7d7zckr0HI

 

 

2.Juste quelqu’un de bien」について

友情から名曲が生まれることがある。この曲はEnzo EnzoKentとの友情から生まれた。Kent、本名Herve Despesse、は1957年3月31日Lyon郊外生まれのACI、小説家、劇画作家。1977年ロックグループStarshooterを結成、ヴォーカルとして活躍。Enzo Enzoが属していたLili Dropとフランス国内のロックのクラブで共演する場面もあった。その後Kentは1981年からソロ活動、自ら歌うばかりでなく多くの歌手に曲を提供。Enzo Enzoも1982年からソロ歌手になった。1994年Enzo Enzoは2枚目のアルバムを計画していた。彼女は旧知の仲であったKentに曲を書いてくれるように依頼した。Kentは昔から知っている女性のポートレートを描くようにJuste quelqu’un de bien」を作詞作曲した。そしてアレンジはFrançois Bréantに依頼。数ヶ月して、この曲がアルバムのリリースに先行してシングルカットされることになった。その際この曲の尺が長いことが問題になった。Kent 談 「短縮して良いかと相談されOKした。短縮された曲を聞いた時、素晴らしい出来で、どこをどう短縮したのか解らなかった。正に『4分20秒の至極の時』だった」。Juste quelqu’un de bien」は「Mes Malles/私のトランク」とのカップリングで1994年9月シングルリリースされ、その後1994年10月21日にリリースされたEnzo Enzoの2枚目のアルバム「Deux」に、「Les naufrages volontaires/故意の難破」、「La moitié d’une pomme/リンゴ半分」、「Une chanson à la Cole/コールへのシャンソン」(Cole Porterへのオマージュ)、「Les idées floues/曖昧な考え」、「Le poison/毒」など他の11曲と共に収録された。

Enzo Enzoは1994年9月5日TVFrance 2の「Le cercle de minuit」に出演、Juste quelqu’un de bien」を歌った。

Juste quelqu’un de bien」は1995<